第62話 守りたいもの

 俺は月麦の魅了魔法にかかった。


 今回は耐えなくてもいい。その心の奥底から感じる熱い気持ちを全部、全部受け入れよう!


 月麦のことがただ愛おしい。大好きで大好きで、おかしくなってしまいそうだ!


「うおおおおおおお!!」


 月麦と触れ合いたい、声が聞きたい、キスがしたい、もちろんその先だって!


 そんな無限に湧き出てくる気持ちをさらに増幅させ、精力に変換する。


 血流がたぎる。心臓が脈を打つ。血が集まってくる。全身が幸福感に包まれる。


 そして、溢れそうなほどの力がみなぎってくる。


「俺は誇り高き童貞だ! 今までずっとためてきた欲望と精力の量をなめんじゃねえ!」


「バカな……もう貴様の心と身体はボロボロのはずだ。なぜまだ立ち上がる!」


 ユークリッドは信じられないものを見るような顔だった。


「貴様の目の前にあるのは女との快楽だぞ? そうやって立ち上がれば再び負けたとき、その先にあるのは死んだ方が楽だと思えるほど苦しいことかもしれないというのに……」


「そんなの関係ねえんだよ!」


 俺は小さな精力玉をサキュバスたちに当てて一瞬で絶頂させて倒した。


 あとはこいつを倒すだけだ!


「これから先、すべてを忘れて楽に生きていけばいいものを……!」


「お前は何にもわかってねえ!」


 俺はもう一度、拳に力を込めてユークリッドに向かって突撃した。


「俺も自分の気持ちに気づくのが遅れて後悔したから、お前に教えといてやる!」


 そのまま全力で走る。この想いは誰にも止められない!


「俺は守りたいものを見つけたんだよ! たとえ自分が傷つくことになったとしても、絶対に幸せにしたいやつを、生きていてほしい奴を!」


 月麦の魅了魔法によって強化された俺の精力を全開放して、ユークリッドの顔面に向かって拳を叩き込む。


「こんなところで自分の童貞一つ守れない人間が、大事な女を守れるかってんだよおおおぉ!」


「なっ、なんだこの力は!」


 対抗し俺の拳を受け止めたユークリッドの腕がぶるぶると震えだす。


「ぐううう!? 貴様、本当にただの人間なのか!?」


「ああ、俺はただの人間。そして誇り高き童貞さ!」


 俺たちの力が拮抗し、周囲に白い火花のようなものをバチバチとはじき出す。


「これが俺たちの想いの力だ! そして、月麦がお前なんかよりもずっと、すごい力を持っているってことなんだよ!」


「なにをバカなことおおおぉ!」


 ユークリッドもなりふり構わずに力を開放する。


「お前には正しい魅了魔法の使い方を教えてやる! 魅了魔法っていうのはな、お前みたいに誰かを支配したり、苦しめたりするために使うものじゃねえんだよ!」


 奴は俺の全力の拳を両手で受け止めるが、それでも押し返すことができない。


「月麦みたいに、俺にこうやって力を与えてくれたり、困っている小さな女の子を助けたり、大事なお姉ちゃんを守るために使うものなんだ!」


戯言ざれごとを! 魅了魔法はそんなくだらないことに使うものではない! 人間どもを支配し服従させる王の資質だ! 貴様はそれを腐らせろというのか!」


「まだわかんねえのか! だからお前たちの家系は、戦争に負けたんだよ!」


 俺はさらに拳に力を込めた。


「たとえその大きな力で全人類を支配したとしても、そのあとが続かねえんだ! 誰かを思いやり、助け合ってきたことが、俺たち人間がここまで発展してきた証だ!」


「黙れ黙れ黙れええぇ!」


 そしてついに、ユークリッドが押さえつけられなくなった俺の拳が解放される。


「まあ、月麦も勉強をさぼるために力を使っていたから、お前にはちゃんとお説教はできないかもしれねえけどな!」


「バカな!? こんなことが起きてなるものか!? たかが人間の男、それも誇り高き童貞などと、わけのわからないことをほざいている奴なんかに我が負けるなど!」


「童貞をバカにすんじゃねえ! 俺たちはな、誰よりもピュアで純粋な心を持った繊細せんさいな生き物なんだよおおおお!」


「ぐああああああ!」


 今までどれだけ力を込めても届かなかった拳が、ついにユークリッドの顔面に思いっきり打ち込まれる。


 奴は俺の莫大ばくだいな大きさの精力になすすべもなく吹っ飛んだ。


 そして、殴られたユークリッドはそのまま鼻血を流し、白目をむいて床にばたりと倒れこんだ。


「やった……やりましたよ兄さん!」


 海羽が歓喜の声を上げる。


「大地くん、すごいよ! ほんとに淫魔を倒しちゃった!」


 日葵さんも信じられないとばかりに飛び跳ねていた。


 そして、ユークリッドが倒れたせいか、月麦を縛っていたくさりが消え去っていた。


「大地!」


 そして解放された月麦は、俺のところにぱたぱたと駆け寄ってきた。


「月麦! 待たせたな!」


「……ほんとに大バカよね、あんたってさ」


 俺はそのまま、走って胸に飛び込んできた月麦を精一杯抱きしめた。


「光が……!」


 海羽が言った。


 この空間から白い光の玉が降り注いできた。


 ユークリッドを倒したことで、この夢の世界が終わりを迎えようとしている。


「みんなで帰ろう、月麦!」


「うんっ!」


 そして俺たち四人は、そのまま白い光に包まれた。

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