第61話 最強の魅了魔法

 日葵さんは数秒の逡巡しゅんじゅんのあと、俺と海羽に優しく笑いかけてから言った。


「……わかりました、あなたに従います。約束は守ってくださいね」


「そんな……日葵さん!」


「……わたしもあんたに従うから、大地とみうみうは助けて。約束よ」


「月麦まで……やめろバカ! お前がそんなことをする必要なんかねえ!」


「ばかはあんたよ! なんでわたしのことなんか助けにきたの!」


 月麦は悲鳴にも似た声で、俺に向かって叫んだ。


「あんたはお姉ちゃんを守ってくれていればそれでよかったのに! そうやってぼろぼろになるまで戦って、結局負けて……これ以上わたしを迷わせないでよ! あんたにとってわたしは絶対に相容あいいれないもので、これから先も一緒にいることなんかできないんだから!」


「そんなわけねえ!」


 俺は地面にいつくばりながら、月麦に想いを届かせるためにのどが焼けそうなくらいの大声で叫んだ。


「お前の言う通り、俺はバカだった! いくらテストでいい点数を取るための勉強ができても、何もわかっていなかったんだ!」


 重い体を無理やり起こす。


「俺は月麦から教えられた。性欲とか、憧れとか、そんなんじゃなくて、守りたいって、ずっと一緒にいたいって思える相手はどんなものかって!」


 ただ必死に……俺は声を上げる。


「お前と一緒にいて楽しかった。安心できた。おまえと好きなもの共有して語るのがうれしかった。楽しそうに笑っている顔を見るのが好きだった。お前を泣かせてしまったとき、泣いているお前の顔はもう二度と見たくないって思った!」


 心の底から叫ぶ。


「だからやめてくれ! 俺の人生にお前がいないのは、もう考えられないんだよ!」


「もう遅いのよ……ばか」


 月麦は小さな声でそう言って、ぽろぽろと涙を流した。


「感動的だが、そろそろこの茶番劇もおしまいにしよう」


 ユークリッドはそう言うと、俺の目の前に三人のサキュバスを召還しょうかんした。


「さあ、これで終わりだ。貴様から精力を奪い取り、抵抗の意志をなくしてやる」


「なっ……嘘つき! 大地は助けてくれるって言ったじゃない!」


「そうだよ! 私たちがそっちについて、協力するかわりに、大地くんと海羽ちゃんは生かしてここから返してくれるって!」


「騒ぐな。我は王になる者だぞ? もちろん約束は守るとも。こいつらは廃人はいじんにはしない。ただこの世界から追放するだけだ」


 ユークリッドはうるさそうに、二人に向かって言った。


「しかし、脅威きょういは減らしておく。そこの貧相な女はともかく、こいつの精力量はなかなかに厄介だったからな。また何かしらの方法でここにきて、我の世界を荒らされるとも限らない。もう二度と我に牙を向こうと思えないように、その牙を折ってしまうだけだ。別に精力が一般人並みに減少したからといって、生きるのには困らないだろう?」


 そして、奴は俺のことを見下ろした。


「貴様もそこで性の快楽を享受きょうじゅしておけば終わるんだ。この行為自体は大金を積んでもやりたがる人間もいるくらいなんだぞ? 君は我にここまで対抗した褒美ほうびとして、サービスをくれてやる、手厚く扱ってやろう」


 サキュバスが俺に迫ってくる。このままでは俺はこいつらに犯されて、童貞ではなくなってしまう。


「なに、安心しろ。サキュバスたちに身を任せれば、ここであった記憶がなくなるくらいの快楽に落としてくれるだろう。すべてを忘れて、今後はおとなしく生きていくといい」


 考えろ、考えろ俺!


 ここは夢の中、精力が強さの源。


 あのインキュバスに勝てる想いと精力を与えてくれる物は何だ?


 魅了魔法の本質は感情の支配と増幅だとあいつは言っていた。


 じゃあどうすればあいつに抵抗できる力が手に入る?


 必死で考える俺の頭の中に走馬灯そうまとうのように浮かび上がったのは、月麦に魅了魔法をかけられながらも必死で耐えてきた日の出来事。


 強烈な快感と幸福感。そして、その想いの強さだった。


 そのとき、俺の頭にひらめいたことがあった。


 やる価値はある! このままでは絶対に終われない!


 たとえここで事切れることになったとしても、あいつだけは必ず俺が助け出す!


「月麦!」


 すべてをあきらめてユークリッドについていこうとする背中に向かって、俺は声を振り絞る。月麦は肩をぴくりと震わせた。


「俺に力を貸してくれ!」


 全身が痛みに悲鳴を上げている。


 精神はすり減って、頭はもう何もしたくないと訴えかけてくる。


 だがそれでも、俺は立ち上がって彼女を呼んだ。


「俺に魅了魔法をかけろ!」


「え……?」


 月麦は驚いて振り返る。


「いまさらお前にこんなことを頼むのはおかど違いだって思うかもしれねえ。でもお願いだ! 前に俺を誘惑したときのように、俺をお前に夢中にさせるつもりで、今すぐ魅了魔法をかけてくれ!」


 これは最後の賭けだった。


 俺の気持ちにこたえるように、月麦は俺のことをじっと見つめた。泣きはらした目はすっかりと赤くなっていた。


 ああ、また俺はお前を泣かせてしまったな。


 もう二度と泣かせないようにしようって思ってたのに……。


「何をするつもりだ貴様ら!」


 すっかり油断していたユークリッドが反応して止めようとするがもう遅い。


 そして、月麦の目が怪しく光ったような気がした。


「わたしの言うことを聞きなさい!」

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