第63話 帰還

 夢の世界から戻ってきた俺たちは、気づけばせまい俺の家で寝ていた。


 最初に目が覚めた俺が、月麦を含めた全員の姿があることに安心したのもつかの間、部屋の中の蒸し暑さに頭の中が溶けそうになった。


「あっちいし狭い!」


 ここは貧乏学生が済んでいる家賃三万円の格安小型物件。


 そりゃそうなる。季節はもう八月の頭である。


「ふぁ……みんな、おはよう」


 空調を入れたところで、日葵さんがそんなのんきなことを言いながら起き上がってくる。


「ああ、帰ってこれました。一時は快楽漬けにされる自分を想像して絶望していましたが、あたしははまだ処女でいられるんですね……」


 海羽もそんなことを言いながら起きだした。


 そして最後に月麦が身体を起こした。


「わたし、ほんとうに帰ってこれたのね……」


「つむつむ! 心配させないでくださいよ、ほんとに……ぐすっ」


「うわ~ん月麦ぃ~よかったよおおお」


「ちょ、ちょっとまって! うれしいけど今は暑くて溶けちゃうわよおおおぉ!」


 月麦は泣いている海羽と日葵さんから引っ付かれて動けずにいた。


 そして、まだ空調が効いていないから、その様子を見ているだけで暑そうである。


「みんな……ほんとに、わたしを助けてくれてありがとう」


 月麦はみんなに抱き着かれたまま、ぺこりと頭を下げた。


「いいんだって。俺たちがやりたくてやったんだからな!」


 全員が同じ気持ちだったのだろう。


 俺がそう言うとみんな一斉に頷いて笑いあった。


 そして、空調も効き始めて部屋の温度も下がり、ほっと一息を着いていたときに月麦がこんなことを聞いてきた。


「そういえばさ、なんでみうみうと大地は夢の中……というか今も一緒にいるの? 仲良さそうだけど、二人って知り合い?」


「あっ……」


 海羽はすっと視線をらした。


「お前まだ言ってなかったのか!?」


「いやーその、いろいろあって機会がなかったと言いますか……」


「?」


 月麦は俺たちの会話に首を傾げていた。


「あのですねつむつむ、ひじょーに言いにくいことなんですが……」


「うん?」


「……これ、あたしの兄さんなんです。あたし、本名は入之波海羽しおのはみうっていうんですよ」


 海羽の言ったことを聞いてフリーズすること数秒間。


「えええええええええ!?」


 月麦はすごく驚いて大声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあ今までのわたしの話、どんな気持ちで聞いてたの!?」


「ご、ごめんなさいです! でも、言おうとは思ってたんですよ? それなのに、つむつむが恋愛相談してくるからなんか言いづらくなっちゃって」


「じゃあ、みうみうがやたらとこいつの好みに詳しかったのって!?」


「……はい、兄だからです」


「告白の練習してこいつのこと好きっていっちゃったんだけど!?」


「……はい、そのときあたしの頭の中は兄さんの顔が鮮明に浮かんでいました」


 月麦は恥ずかしさからか顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えていた。


「……みうみうのばかあああ!」


 月麦は海羽の後ろから腕を首に回して締め付ける。そしてそのままチョークスリーパーを決めていた。


「ちょおおお、ギブギブ!」


 バタバタと狭いところで暴れる二人。


 このままだと間違いなく、同じアパートに住んでいる住人から俺宛おれあて騒音そうおんについての注意文が配布されることになるだろう。


「……戻ってきたんだね」


 そんな楽しそうじゃれあう二人を見て、日葵さんはつぶやいた。


「はい、守れてよかった。ほんとうに」


 俺はこくりと頷き、そのつぶやきに答えた。

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