第32話 負けず嫌いな彼女

「ふふ、じゃあ今日は月麦のテストお疲れ会をしようよ。もちろん、大地くんも一緒だよ。私が腕を振るってご飯とお菓子を作るから、ゆっくりして待っててね?」


 日葵さんは俺たちにそう告げると月麦の部屋から出ていった。


 日葵さんの手料理が食べられるなんて、こんな幸せなことがあっていいのだろうか。


「お姉ちゃんを待っているのも暇ね」


 月麦はそうつぶやいてゲームの電源を入れた。いつものように遊ぶみたいだ。


 月麦は俺と一緒にテストの復習も終わらせているし、今週くらいは自由に息抜きをさせてやろう。


「そうだ、せっかくだしあんたも一緒にやらない? 少し前までこれ、やってたんでしょ?」


 月麦はオンライン対戦ゲームを指さしてそう提案した。


「ああ、いいぞ」


「そうこなくっちゃね。さあ、勝負よ! これでもあんたには負けないんだから!」


 俺は月麦からコントローラーを受け取った。


「久しぶりだな、昔はランカーとして走っていたから腕が鳴るぜ」


「え、なに? あんたそんなに強かったの?」


「一時期は妹と一緒に、ガチでランキング目指してやっていたぞ」


「や、やるじゃない……」


「俺だってお前には負けたくないからな、手を抜くつもりはない」


 俺がそう宣言すると、上等よと月麦はやる気をみなぎらせていた。


「たとえあんたが元ランカーだったとしても、ブランクは長いんでしょ? 操作感も何度かアップデートで変わってるし、あんたが調子を取り戻す前にわたしの華麗かれいな指さばきでやっつけてあげるわ」


 こいつは何があっても俺との勝負には負けたくないらしい。


「自分の過去の栄光をわたしに語ったことを恥ずかしくさせてあげる」


「まあ、それは実戦で確認させてもらうとするさ」


 俺は月麦を軽くあしらって。コントローラーを接続した。


「おっ、そういえばこのキャラ新規で追加されたんだよな。使ってみるか」


「あ、ちょっと! そのキャラ取るのやめなさいよね! わたしも使いたいんだから」


 ほう、そうなのか。だったら俺がやることは決まったな。


「やだね、俺が使う」


「ちょっとあんた! レディーファーストって言葉知らないの?」


「はあ? レディーなんかどこにいるんだよ?」


「……リアルファイトがお望みかしら?」


 隣に座っていた月麦は俺の手の甲をつねってきた。痛い痛い!


「やめんか! だいたい、勝負はキャラクターセレクトからもう始まってんだよ」


「ぐぬぬ、一回でも負けたらそのキャラわたしに使わせなさいよね!」


 結局、俺たちはそのままゲームを楽しんだ。


 月麦も現役プレイヤーなだけあってなかなかの腕前だったが、まだまだ俺に勝つには早い。


 思いっきり笑いながら、あんたに勝てるまでやるからねと言って何度も勝負を仕掛けてきた。


 こいつは自分の好きなことをするときは本当に楽しそうで、負けず嫌いだった。


 そうして俺が全勝のまま、途中で日葵さんがやってきた。


「ふたりとも、ご飯だよ~。いったん止めて下に降りてきてね?」


「むうぅ、今回はなかなかいい勝負だったのに……いつか絶対にリベンジしてやるんだから!」


「いつでも受けてやるよ」


 こんな勝負なら大歓迎だ、わけのわからん魅了勝負よりずっといい。


 そうして俺たちは日葵さんの作ったご飯を食べた。


 お口に合わなかったらごめんねと日葵さんは謙遜けんそんしていたが、彼女の作る料理は人前に出しても恥ずかしくないどころかお金を取れるレベルでおいしかった。


 お菓子はよく出してくれるから、料理ができるということは知っていたが、手料理もここまでおいしいとは。


 俺の日葵さんへの評価は、まるで手から離れたヘリウム風船のように、常に上昇し続けている。


 みんなでご飯を食べた後は、日葵さんもできるゲームに変更して、パーティーゲームをした。


 パーティーゲームでは月麦が異様に強く、俺をコテンパンに叩きのめして満足げに微笑んでいた。


 月麦の溜飲りゅういんもこれで多少は下がったみたいだ。


 そうやって、俺は菟田野家うたのけで楽しく過ごしたのだった。

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