第31話 月麦ちゃん大勝利

「やってやったわよ!」


 それから二週間後の水曜日、全教科のテストの返却が終わり、月麦は誇らしげに五枚のテスト用紙と平均点の書かれたプリントを見せてきた。


「めちゃくちゃギリギリじゃねえか!」


「最高に効率のいい勉強量だったと言ってほしいわね」


 月麦はどや顔でそう言った。


 点数を見せてもらったが、理数系で平均点を十五点ずつ上回り、社会はほぼ平均点。


 英語がやや平均以下で、国語が目も当てられないほど非常に残念な成績だったが、月麦のテスト結果の合計得点はクラスの平均点をほんのわずかに上回っていた。


 その差はなんと一点もなく、小数点以下だったのだが。


「俺としてはもっと余裕をもって達成して欲しかったが、確かにお前の勝ちだよ」


「わあ、すごい。すごいわ月麦! よく頑張ったわね!」


 日葵さんはそのテスト結果を見て、月麦の頭を撫でながらきゃあきゃあと声を上げて飛び跳ねるように喜んでいる。


「大地くんも本当にありがとう! 月麦が高校に入ってからたった一つしか赤点をとらなかったことなんて無かったのに、これはすごいことだよ!」


 俺は感極かんきわまって涙ぐんでいる日葵さんに手を握られた。


 その柔らかさと温かさを感じながら、俺はこの瞬間のために生きているんだと思った。


 ちなみに赤点だったのは言うまでもなく国語である。


「今までは毎回悲しい気持ちでテスト結果を見てたのに、クラスの平均点まで超えちゃうなんて! もう、大地くんにはずうっと月麦の家庭教師でいてもらわなきゃ!」


「当然です。日葵さんのためにも、俺は今後もこいつの成績を上げ続けてやりますよ!」


「あれ、もしかしてわたし乗せられた!?」


 月麦は今頃そんなことを言い出した。


 毎回授業の前に魅了してこようとする以外は、扱いやすい教え子で俺は助かっている。


「ま、まあいいわ。今回はあんたに乗せられて勉強したとはいえ、ついにわたしはあんたとの勝負に勝ったのよ!」


 月麦はふふんと胸を張った。日葵さんが隣にいるせいでボリュームが物足りない。


 無意識に視線を日葵さんのおっぱいに向けていたのが月麦にばれて、俺はにらまれた。


「とにかく、ちゃんと約束は覚えているんでしょうね?」


「ああ、もちろん。月麦は頑張ったんだから何でも言ってくれていいぞ」


 こいつのことだ、きっとケーキを買いに行かされるだけでは済まないのだろう。いったい何を命令されるのやら。


 かなり不安ではあったのだが、俺は覚悟を決めた。


「そうね、だったらあんたには、わたしをここに連れて行って貰おうかしら」


 月麦がそう言って見せてきたのはとある有名なテーマパークのパンフレットだった。


「え、お前ここに行きたいの? というか、お願いはそんなことでいいのか?」


「なによそんなことって。なんでも言うこと聞いてくれるんだから代金はあんた持ちなんでしょ? ここのフリーパス、ケーキ食べ放題よりも高いんだから」


 月麦がこんなまともなお願いをしてくるのも驚いたし、基本的にゲーム好きで引きこもり体質だと思っていたこいつがこんなところに行きたいと言い出したのも意外だった。


「でも、なんで遊園地なんだ? お前の好きなゲームとコラボとかしてたっけ?」


「そんなことになったら絶対に行くけど、そうじゃないわよ。だってわたし、遊園地が好きなんだもん。それなのにここ数年行けてないから、久しぶりに行きたいと思ったのよ、悪い?」


「てっきり引きこもっているのが好きで、人ごみは苦手なのかと……」


「あんたの言う通り、人が多いところは苦手よ。まあ、人が多いのが苦手っていうよりは、こういうところに行くといつも集団の男たちに声かけられて面倒くさいから嫌いなの」


 こいつは確かに可愛いし、普段みたいなあんなはしたない格好で外をうろついていたら、男を誘惑する軽い女だと思われて声をかけられるのは仕方ないのかもしれない。


「じゃあなんで今回は行こうと思ったんだよ?」


「あんたは男だし身体鍛えてるから、近くにいるとそういうの減りそうだし」


 ああ、なるほど。俺は横に立っているだけで便利な男というわけか。


「あとは、テーマパークに一人で行くっていうのもね……」


「別に俺と行かなくても、友達とか日葵さんと行けばいいじゃないか?」


 俺がそう言うと、月麦は不機嫌になった。


「……悪かったわね友達が少なくて。わたし、一緒に遊園地に行くほど仲のいい友達がみうみうくらいしかいないんだもん。みうみうは誘っても、外に出かけるのを嫌がってゲームのイベントくらいしか来てくれないし」


 月麦はふてくされた顔で言った。


 日葵さんが言っていたように、こいつは魅了の力のせいで対等で気の置けない友達というものがいないんだろう。


 海羽はこいつの言う通り、完全な引きこもり体質だからイベント以外では外には出たがらない。


「あと、お姉ちゃんはジェットコースターとか本当に苦手で、わたしがそれ目的で遊園地にいくようなものだから……それに、絶叫マシン系って並ぶじゃない?」


 なるほど、日葵さんをずっと一人で放置するのはできないということか。


 こいつの言う通り、日葵さんのあの天使のような容姿では変な男に声をかけられたりしそうだから、一人にしておけないというのは心から同意できる。


「ごめんね月麦。私、あのぐるぐる回るのに乗ったらすぐにおえーってなっちゃうから」


 日葵さんは申し訳なさそうにしていた。


「そういうわけだから付き合ってよ。なんでも言うこと聞いてくれるんでしょ?」


 まあ、月麦がここに行きたいというならそこで構わない。


 そもそも俺はなんでも言うことを聞いてやるといったときに、間違いなくこいつから無茶なことや恥ずかしいことをさせられると思っていたから、このくらいで済むならばおんの字だ。


「わかった、一緒に遊びにいこうか」


 俺がそう答えると、ぱあっと顔を輝かせた。


「やった! じゃあ今度の日曜日ね。テストも終わったんだし、その日くらい勉強しなくてもいいでしょ?」


「ちゃっかりしてるよな、お前」


 こうして、日曜日は月麦と遊園地に出かけることが決まったのだった。

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