第54話 異変

 結局、今日は大学で日葵さんには会えなかった。もしかしたら休みをとっているのかもしれない。


 携帯にメッセージを送ったが、そちらもまだ返ってきていなかった。


 今日は収穫なしか。


 いや、まだ動き出したばかりじゃないか。できることをひとつずつやっていこう。


 もう一度月麦と手を繋いでデートに行くために。


 そして今度こそ、間違えないで俺の気持ちを伝えるために。


 そう思っていたら突然、携帯から着信音が鳴り響いた。


 もしかして月麦かと思って画面を見ると、そこには海羽の文字があった。


 最近、海羽とも話せていなかった。むこうから電話をしてくれたのはいい機会だ。


 自分の気持ちと、これからどうしていくかをちゃんと伝えよう。


 俺は緊張しながら通話ボタンを押した。


「もしもし海羽か? かけてきてくれてありがとう。ちょっと話したいことが……」


「そんなのは後まわしです! 兄さんは今どこにいるんですか!?」


 海羽は俺の言葉をさえぎった。やけに焦ったその声に面喰めんくらってしまう。


「緊急事態なんです! すぐにつむつむを助けに行ってください!」


「……なんだって?」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺は暗くなり始めた道を全速力で走っていた。


 大学からの帰り道、普段ならバスを待って駅まで行き、電車に乗って移動するのだが、そんな悠長なことも言っていらなかった。


 大学の最寄り駅から月麦の家までは一駅分、駅に行くには遠回りなうえ、電車の待ち時間も十分以上あったから走った方が早いという判断だった。


 さっき海羽からかかってきた電話の内容を思い出す。


「あたし、さっきまでつむつむと電話をしていました。でも、そのときに急につむつむが悲鳴を上げたんです!」


「悲鳴だって?」


「はい。その声が尋常じんじょうじゃなかったので、そのあと何度も呼びかけたんですが、何も答えてくれませんでした。そして、そのまま電話が切られたんです」


「それって……」


「つむつむが誰かに襲われたとしか考えられないんですよ!」


 まさか、強盗か!?


「兄さんしかつむつむの家を知っている知り合いがいないんです。お願いします、杞憂だったなら謝りますから、様子を見に行ってくれませんか? あたしは兄さんの家に行って待ってますから、何かあれば連絡してきてください!」


「わかった!」


 そして俺はわき目もふらずに駆け出したのだった。


「無事でいてくれよ……!」


 長距離を走って息を荒げながら、俺は祈るようにつぶやいた。


 そうして大学から走ること十五分、ようやく月麦の家が見える位置までやってきた。


「なんだ……?」


 家の近くでは大柄の男たちが何人も歩き回っていた。


 明らかに閑静かんせいな住宅街には似合わない光景であり、そんな男たちに囲まれている一人の女の子がいた。


「日葵さん!?」


 男たちに囲まれていたのは日葵さんだった。俺は慌ててそこに駆け寄った。


「おい、お前ら! いったい何をやってるんだ!」


 俺は日葵さんを取り囲む男たちに向かって大声を上げた。


 だが、男たちはまるで俺の存在に気づいていないかのように、そのまま無視してじりじりと日葵さんに近づいていく。


 俺はそんな男たちの隙間をかいくぐり、日葵さんをかばうように立ちふさがった。


「だ、大地くん?」


「日葵さん大丈夫ですか? これはいったい……」


「わ、私にも何が何だか……バイトから帰ってきたら知らない男の人たちが家の近くにいっぱいいて囲まれちゃって」


 男たちの目には生気せいきが宿っていなかった。声をかけても反応せず、まるで誰かに操られているような……。


「とりあえず逃げましょう!」


 俺は筋トレで鍛えた身体を生かして、一人の男に体当たりをかました。男は俺の肉体に負けて吹っ飛び、地面に転がった。


「走れますか?」


「う、うん。がんばる」


 俺は日葵さんの手を引いて走り出した。


 男たちも後を追ってきたが、その動きはゾンビのように鈍かった。


 そして、日葵さんと一緒に家の中に逃げ込もうとしたとき、その惨状さんじょうを見て俺は血の気が引いた。


「な、なんだこれは……」


 玄関は開きっぱなしで廊下は物が散乱しており、まるで泥棒に入られたみたいな状態だった。


 そして、床に捨てられたように落ちていた月麦の携帯電話を見つけて、俺の心臓は不安でドキリと跳ねた。


 まさか、ほんとうに月麦が襲われた?


 でも、あいつには魅了魔法があるはずだ。簡単にさらわれるとは思えない。


 あるとすれば、不意打ちをくらってしまった可能性だ。


 いくら月麦でも、魅了魔法をかける前に意識を刈り取られてしまったらなすすべはない。


「月麦、いないのか! いたら返事をしてくれ!」


 俺はわずかな可能性にかけて家が震えるくらいの声で叫んだ。だけど、どこからも返事は聞こえてこなかった。


「そんな……なんでこんなこと」


 日葵さんはショックを受けたのかペタリと玄関に座り込んでしまった。


 背後からは男たちが迫ってきている。俺は急いで玄関の戸を閉めて鍵をかけた。


「くそっ! 何が起こっているんだ!」


 このまま家の中に立てこもっても時間稼ぎにしかならないと感じた俺は、そのまま日葵さんの手を引いた。


 そして、裏口の戸を開けて生け垣を乗り越え、俺たちは二人でそこから逃げ出したのだった。

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