第53話 桜井からの警告

 それから数日、俺は大学も休んで死んだように過ごしていた。


 海羽は土曜日になっても俺の家に来ることもなかったし、月麦とは一度も連絡が取れなかった。


 なんとか会えないものかと家の前まで行ったけど、やはり月麦は出てこなかった。


 そこで日葵さんにごめんねと謝られて、俺はなにもできずに家に帰った。


(俺は、取り返しのつかないことをしてしまったんだ……)


 一人で外に出た俺は、あてもなくさまよい歩いた。


 そのまま月麦と一緒に散歩した公園の近くにある川辺へ行き、ぼーっと水が流れているのを眺めた。


 自分の顔が、ゆらゆらと水面を揺れている。


 くまができており、生気を失っていてひどいものだった。


 海羽の言ったことはすべて真実だった。


『つむつむのこと、好きだったんですよね? でも、それを認めるのが怖かったんですよね? ごまかさないでくださいよ!』


 その言葉が何度も、何度も反芻はんすうされる。


 俺はずっと、日葵さんのような人に恋をするんだと思っていた。だって、そうじゃないと自分が傷つくだけだと思っていたから。


 でも、そうならなかった。


 知らないうちに、月麦が俺にとっていちばん安心できる相手になっていた。


 あいつと過ごしている時間が幸せだった。


 あいつと話すのは何よりも楽しかった。


 だから、あいつにはいつも笑顔でいてほしいと思っていた。


 あいつを助けたい、一緒にいたいと、そう思える相手だったことに気が付いた。


 それなのに、俺が泣かせてしまった。


 自分が傷つくのが怖くて、自分の気持ちに気づかないふりをして、月麦のことを否定した。


(俺はバカだ……)


 月麦と会えない日々が続いて、自分の気持ちにこうして向き合うまで気づかなかった。


 俺の中であいつの存在はもう欠かせないものになっていた。


 俺はこんなにも、あいつのことが好きだったんだ……。


(マジでかっこ悪いな、俺)


 頭をがしがしとかきむしる。俺がやることは一つしかない。


 今の気持ちを伝えて謝って、またあいつの隣にいられるように努力することだ。


 もしかしたら、もう俺なんかには愛想をつかしているかもしれない。


 そうなって振られたとしても、俺が悪いんだから仕方ない。


 でも、もしまだ可能性があるなら……こんなおろかな俺にもう一度、隣にいてもいいとあいつが言ってくれるなら、俺は何だってしよう。


 そして月曜日。そんな決意を胸に秘めて、俺は大学へと向かった。


 日葵さんに相談して、なんとか会える機会を作ってもらおう。それが無理だとしても、諦めずにできることをしよう。


「やあ、入之波しおのはくん」


 そう思って日葵さんを探していたとき、背後から桜井さくらいに声を掛けられた。


「なんの用だ? 俺はいま機嫌が悪いんだ」


 こんなときまで、俺に絡んでくるこいつに嫌気がさした。


「おっと、それは失礼。ただ、ひとつだけ僕の方から伝えておくべきことがあったからね」


 桜井は俺の目を見ながら言った。


「君はこれ以降、菟田野うたのさんやその妹には関わらない方がいい。あの子たちは、君が関わっていいような相手ではないんだ」


 俺は神経を逆なでしてくるこいつに本気で苛立いらだった。


 今の俺は、月麦ともう会えなくなるかもしれない可能性がある。


 それを指摘されたように感じて、俺の心はいっそうざわついた。


「何の話だよ! お前に俺の人間関係を指図さしずされる覚えはない!」


「僕もそれは百も承知さ。でも、これはとても大事なことなんだ。君はあの子たちと仲がいいみたいだから、伝えておきたかった」


「……お前まさか、日葵さんに相手にされないからって、その妹にちょっかいかけたりしているんじゃないだろうな?」


 こいつが前に俺と一緒に歩いている月麦を見て、日葵さんから月麦に標的を変えたのかもしれない。


 だから、近くにいた俺が邪魔になったのか?


 俺の質問に、桜井は人をからかうような笑顔を浮かべた。


「じゃあ逆に質問するけど、仮にそうだったとしてどうして君がそんなこと気にするんだい? その子は別に君の彼女というわけでもないんだろう?」


 俺は悔しさでぐっとこぶしを握りしめた。


 それは桜井の言う通りだった。


 今の俺には、こいつが月麦にアプローチをかけていたとしても、何も文句をいう権利なんか無いのだ。


「そういうわけだから。僕は確かに君に伝えたよ。そのまま近づいて行って後悔だけはしないようにね」


 そして桜井は不気味な言葉を残し、その場から去っていった。


「クソっ! なんなんだよあいつは!」


 苛立ちを抑えられなくなり、俺はコンクリートの壁を思いっきり殴りつけた。


 じんじんと指に伝わる痛みが少しだけ、そんな俺のことを冷静にしてくれるのだった。

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