第49話 つむつむと告白の練習

「と、いうわけなので、つむつむはそろそろ告白してもいいんじゃないですか?」


「どういうわけなのかまったくわからないんだけど!?」


 兄さんから相談を受けた次の日、いい加減じれったくなったあたしはつむつむに会って告白を促すことにしました。


「あたしの見立てでは、もう告白してもうまくいってしまうと思うんです」


 問題は兄さんが素直に自分の好意を認めてくれるかどうかということですが、まっすぐな本気の告白をされたら、さすがにあの鈍感野郎も自分の気持ちに気づくんじゃないでしょうか?


 あたしは実情を知っているので、さっさとくっつけやこいつらとしか思えませんが。


「ええ!? むりむり! そんなことできないわよ!」


 つむつむは耳まで真っ赤にして手をぶんぶんと顔の前で振りました。


「お似合いのお二人だと思いますけどね?」


「え? ほ、ほんと?」


 つむつむはきらきらと顔を輝かせました。なんて単純なのでしょう。


 恋する女の子って、みんなこんなふうになってしまうのでしょうか?


 というか、もうあたしが兄さんの妹だということをぶっちゃけて、完全に惚れているからはよ告白して付き合えやお前らと言ってしまう方がいいのではないかとすら思えます。


 今まで黙っていたせいで言いづらさに拍車はくしゃがかかってしまい、もうばれるまでこのままでいいかとも思っていたのですが、それもやめにした方がいいのかもしれません。


 今後、つむつむがヘタレて告白できなかったときには話すことも考えておきましょう。


「とにかく、そろそろ次のステップに移ってください。今までつむつむがやってきたことは確実に相手に効いていますから」


「でも、そうはいっても告白するには勇気が出ないし……今はあいつとすっごい楽しくデートだってできるけど、告白に失敗したらそれすらできなくなっちゃうから、怖い……」


「そうやっていつまで引き延ばすつもりですか? 待っていても向こうからは絶対に告白してきてくれませんよ?」


 兄さんの実態を知っているあたしは、そう言いました。


「……やっぱり、無理かしら?」


「つむつむのことをビッチだと勘違いしている誇り高き童貞なんでしょそいつ? そんな奴が、少し前まで大胆な格好で男を誘惑していたつむつむに告白してきたりすると思いますか?」


「……思わない」


 つむつむは現状を改めて把握したようで、意気消沈いきしょうちんしていました。


「それに、男女が恋人になるまでの期間は、出会ってから三か月以内がいいと言われています」


「え、そうなの? なんで?」


「たとえ相手が好意を持っていたとしても、あまり待たせすぎると恋の熱が冷めてしまったり、友達のカテゴリに入れられてしまうからですよ。もし、友達のカテゴリに入れられてしまったら、なかなか女として見てもらえず、その枠組みから抜け出すのは大変になってしまうんです」


「そ、そんな」


「あと数週間で、その男と出会ってから三か月を迎えますよね? だから、告白するにしてもそろそろがいいかと思うんですが?」


「だ、だったらわたしがんばる! 次にあいつが授業をしに来た日の終わりに、告白するわ!」


 つむつむはついに決心したようで、こぶしを握り締めてあたしにそう告げました。


 やれやれ、これでようやくふたりの恋模様は前に進んでいきそうです。


「だから、今から告白の練習に付き合って?」


「……はい?」


 そう思って安心していたのですが、またよくわからないものが始まりそうでした。


「告白の練習よ。あいつに好意を伝えるときに、失敗したら元も子もないじゃない?」


「……いじらしいことですね。でも、そんなの練習する必要なんかありますか? たどたどしくても、一生懸命気持ちを伝えればいいだけだと思いますが」


「でも、初めてのことなんて、うまくいかないことの方が多いじゃない? 何事も経験をしておくことって大事だと思うの」


「そういうものですか? まあ、つむつむがしたいというなら、手伝ってあげるのはやぶさかではありませんが……」


「お願いみうみう! わたしに力を貸して!」


 つむつむは両手を合わせて拝むようにお願いをしてきました。もう必死なようです。


「……わかりました。付き合ってあげますよ」


「ありがとう!」


「じゃあ、あたしがその男役をやるので、つむつむは自分の気持ちを素直に告白してきてください。それで、あたしが告白の内容を採点するという方式でいきましょう」


「わかった!」


 つむつむは深呼吸をして胸に手を当てます。それから、真剣な表情になってあたしの目を見つめました。


 ここまで一生懸命になってくれる女の子に惚れられるなんて、兄さんは幸せものだと思います。


 やがてつむつむは意を決し、息を大きく吸い込んで、思いを込めた告白を始めました。


「わたしね、あんたと一緒に過ごしているうちに、あんたのことがすっごく、すっごく好きになっちゃったの! だから、お願いします、わたしと付き合ってください!」


「え、なに? 筋トレしてて聞こえなかった」


 あたしのその言葉に、つむつむは力が抜けてしまったのかずっこけていました。


「なんであいつが筋トレをしてるところに告白しに行ってる設定なのよ! そんなタイミングで告白なんかしないわよ!」


「確かにそうかもしれません。ですが、その男はパンツを見せても筋トレを始める変な奴なんですから、告白のときに筋トレを始めてもなんら不思議じゃないと思いますが?」


「……それを言われると何もいえなくなるわね」


 つむつむは頭を悩ませています。そんな姿を見て、あたしはいたずら心が芽生えました。


「ちなみに、あたしおすすめの告白のセリフは『ちゅきちゅき、だーいちゅきー! あなたがちゅきだから付き合って!』です。そう言いながらその男にくっつきにいくと、もう男はメロメロになること間違いなしです」


「……お願いだから、もうちょっとまじめに考えてよ」


「考えてますよ。このセリフの破壊力がわからないなら一度実演してみてください。そうしたら、つむつむにもその魅力がわかるかもしれませんよ?」


「実演したらほんとにわかるの? というか、やるまでもなく微妙だと思うんだけど」


「やりもせずに否定するのはよくありません。そうして人はチャンスを掴み損ねてしまうんです」


「わ、わかったわよ。そこまで言うならやってみる……」


 つむつむは恥ずかしそうに、こほんとひとつ咳ばらいをして喉の調子を整えます。そして改めてあたしのことを真剣な目で見つめてきました。


「ちゅきちゅき、だーいちゅきー! あなたがちゅきだから付き合って!」


「くふっ……んふふふふふ……!」


「なんで笑うの必死で我慢してるのよ! みうみうがやれって言ったんでしょうが!」


「す……すみません。ぶふっ……ほんとうにやるとは思ってませんでしたから」


「もーっ! みうみうのばかっ! 破壊力って、笑わせて腹筋を崩壊させるって意味だったってこと!?」


 ここまで二人の面倒をみているんだから、少しくらいからかってもばちはあたりませんよね?


 あたしはつむつむの一番の友達として、そして兄さんの妹として、これからの二人の恋路がうまくいくことを祈ったのでした。

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