第48話 呆れる海羽

「最近、月麦の様子がおかしいんだ」


 つむつむから恋愛相談を受けてから、ちょうど二週間ほど経った土曜日。兄さんがあたしにそんなことを言い始めました。


「変態な兄さんにおかしいと言われるつむつむはたまったものではないと思いますが……一応聞いてあげます。どうおかしいんですか?」


「相変わらず辛辣しんらつだよね」


 兄さんは悲しそうな顔をしてあたしの気を引こうとしていましたが、あたしはそれを無視しました。


 兄さんはあきらめて、その仔細しさいを語り始めました。


「あいつがだんだんと清楚な人間になっている感じがするんだ。服装もボタンをはずして胸元を見せたり、スカートを短くして太ももを見せたりせずにきちんとしてるし、勉強も真面目にやるし、魅了魔法も使ってこない」


「兄さん的にはそれはいいことなんじゃないですか?」


「ああ、あいつをまともな人間に戻すという俺の一大プロジェクトが、成功に向かってかじをきったことになる。だが、そうなってくると大きな問題が同時に発生したんだ」


「問題?」


「月麦のことが、めちゃくちゃ可愛く見えるんだよ……ちくしょう! ビッチになんか負けないって誓ったはずなのに、俺はまた同じ過ちを繰り返そうとしている!」


 兄さんはガンガンと机の角に頭をぶつけて煩悩ぼんのうを振り払おうとしていました。バカなんですかね?


 ともかく、つむつむのアピールは兄さんの急所をばっちりと捉えているみたいでした。


「最近のあいつは、誘惑とは違う適度なスキンシップが多いし、俺に対してはにかんだ笑顔をよく見せてくる。そんなの卑怯ひきょうじゃないか! あいつのちょっとした仕草しぐさが可愛くて、いとおしいと感じてしまう俺がいるんだ……これは間違いなくなにかの病気だ! あいつ、新しい遅効性ちこうせいの魅了魔法でもこっそり使っているんじゃないだろうな?」


 つむつむが兄さんにぎぬを着せられています。ほんと、なんであの子はこんなのがいいんでしょうか?


「あいつはビッチなのに、俺とは相容あいいれない存在なのに……どうなっているんだ? せめていつもの姿に戻ってくれないと落ち着かねえええ!」


 でも、どこまで鈍感なふりをすれば気が済むんですかねこの兄は?


 もうそれ完全に惚れてますよね?


 いくら過去にビッチの女の子に遊ばれたあげく振られたからって、なんでそこまでかたくなに惚れたことを認めようとしないんでしょうか?


 あたしは心の中で呆れかえっていました。


「そもそも、つむつむはビッチじゃないと思いますけど?」


「そんなわけないだろ! あいつが今までにしてきた悪行あくぎょうの数々、俺は忘れたわけじゃないからな!」


「パンツ見せたり、猫耳スク水メイドで媚薬びやく被ったり、兄さん好みの清楚な格好で現れたりしたことですか?」


「そうだ! 最後のはともかく、あいつは誘惑で男を魅了してしまうビッチ! そして男をその気にさせておいて何もしてやらず、男の純情をもてあそんで楽しんでいるような女なんだぞ!」


 ここまでくるとつむつむが気の毒です。


 最初は確かにビッチっぽい行動をしていたのかもしれませんが、そのイメージはどうしたら回復してくれるのでしょうか?


 兄さんには過去のトラウマはあるにせよ、このままでは兄さんのほうから告白するということは一生起きそうにありません。


 あたしは大きなため息をつきました。


「兄さん、いくらこれ以上恋愛で傷つきたくないからって、ずっと知らないふりをして後ろばかり向いてないでください。そろそろ自分の気持ちを認めて、前に進んでくださいよ」


「なんの話だ?」


 あたしの言葉の意味が分からなかったのか、兄さんはぽかんと口を開けていました。


「そうですね……例えるなら、兄さんの好きなギャルゲーと同じです。自分の気持ちにずっと気づかないふりをしていると、大事なところで選択肢を間違えて相手を傷つけてしまい、ヒロインの攻略に失敗してしまうってことです。リアルではゲームみたいに、失敗したときのクイックロードはできませんからね?」


「バカ言うな。俺がそんな簡単に選択肢を間違えるわけないだろ? 俺が今まで漫画で何人の男たちと恋愛を共有し、ゲームで何人の美少女を落としてきたと思っているんだ?」


 兄妹でこんなところの言動が似てしまうのは非常に不本意なところですが、あたしは兄さんが意固地になっているようにも見えるその様子に、不安を覚えずにはいられないのでした。

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