第45話 清楚な月麦!?

 今日は日曜日。


 菟田野家うたのけでの家庭教師の日である。


 昨日はあのあと、海羽の悪くなってしまった機嫌を取るのに苦労した。


 一緒にお出かけをしてイチゴ大福を買ってやると、ようやくいつもの海羽に戻って晩御飯も作ってくれたから一安心である。


 もう二度と海羽の前で胸のことは触れないようにしようと俺は決意した。


 それから、前回の授業のときに元気のなかった月麦のことも気になる。


 今日もあいつがおとなしい様子だったら、真剣に体調不良を疑った方がいいのかもしれない。


 そう思って菟田野家までやってきたのだが、そこで俺は信じられないものを見たような気分になった。


 玄関の前には月麦がいた。


 彼女はいつものように学校の制服を着ていたのだが、その姿がまるで別人だった。


 胸のボタンが開き、スカートもぎりぎりまで短くしたような着崩きくずした姿ではなく、胸のボタンも止められて、リボンをちゃんと身につけて、スカートも長さがひざより少し上くらいに揃えられていた。


 いつもより肌の露出が少なすぎる。


 そして、そんな月麦みたいな何かは俺の姿を見つけると笑顔を輝かせ、駆け寄ってきた。


「大地、待ってたわよ」


「だ、誰だお前!?」


「へ?」


「こんなのは月麦じゃない! 偽物め、俺のかわいい教え子である月麦をどこにやった!」


「え、かわいい? えへへ……って、そうじゃなくて、ちょっと何よ! あんたの望む格好なんでしょこれが?」


 月麦はほんのりと頬を染めながら怒ったように言った。


「肌色の占有率せんゆうりつが低すぎる。月麦である確率、わずか五パーセントだ。お前本当に月麦なのか?」


「他に誰がいるのよ……というか、あんたいつからそんなデータキャラっぽくなったの?」


 月麦は呆れたように俺を見ていた。


「ほ、本当に月麦なんだな? だとしたらた大変だ! 今日は熱があるんだろ、今すぐベッドに戻って休んだ方がいい」


「ないわよ! いたって健康体よ!」


「だ、だとしたらついに、俺の月麦清楚矯正計画つむぎせいそきょうせいけいかくが成功したというのか? そんなバカな! あまりに早すぎる!」


「……あんた、そんなわけのわからない計画立ててたの?」


 はあと月麦はため息をついた。


「とにかく、早く中に入りなさいよ。わたしの勉強を見てくれるんでしょ?」


「あ、ああ」


 月麦の変化に驚き、目を白黒させながら俺は月麦についていった。


「なあ、今日はいつもみたいに勝負はしないのか?」


 月麦の部屋に入ってしばらくしても、彼女は勉強を始める準備をするだけで俺に魅了魔法をかけてこようとしなかった。


「勝負したかったの?」


「いや、別にそういうわけではないんだが……」


「魅了魔法はしばらく使わないつもり。いったんは休んで、あんたをどうにかする作戦を練ることにしたのよ」


「……その方が俺も楽だしいいんだけどさ、お前大丈夫か? 無理してないか?」


「してないわよ……ばか」


 月麦はそう言って前回の課題を俺に手渡した。


 俺は月麦の変化に完全に納得はできなかったが、それを受け取って採点を始めることにした。


 黙々と採点を進めていると、ふと視線を感じた。


 どうやら月麦に顔をじっと見られているようだ。


「……なあ、そんなにじっと見られているとやりにくいんだが」


「そ、そんなに見てたかしら?」


 月麦は慌てて視線を逸らした。


「見てた。やってきた課題の解答があっているかどうか気になるのはわかるが……とりあえず、次のところを予習しておいてくれないか?」


「うん……」


 月麦はそう言ったのだけれど、その後も集中できていないようで、ちらちらとこちらの様子をうかがってきた。


 何か話したいことでもあるのだろうか?


「あ、あのさ」


「ん、どうかしたか?」


「来週の土曜日にさ、この前のデ……デートの続きをしに行かない?」


「この前……ああ、ケーキを食べに行くって約束してたやつか?」


 というか、今こいつデートって言ったか?


 こいつは全く意識なんかしていないと思っていたが、やっぱりあれは月麦的にもデートだったということみたいだ。


「覚えててくれたんだ?」


「当たり前だろ。お前あのとき、ケーキをずっと楽しみにしていたもんな?」


 土曜日は海羽が毎週のように遊びにくるが、連絡をしておけば問題はないか。


「じゃあ、来週の土曜日は一緒に出掛けるか」


「うんっ!」


 月麦は嬉しそうに声を弾ませた。


「せっかくだからケーキを食べに行くだけじゃなくて、またどこかに遊びに行きましょうよ」


「それは構わないが、今度はお金を出してやれないぞ? 俺もそこまで経済的な余裕があるわけじゃないからな」


「別にお金のために一緒に出掛けたいわけじゃないし……デート代を出してほしいなんて思ってないわよ。おこづかい制度のわたしが言うのも変な話だけど、今回はちゃんと自分のお金で出かけるから」


「そうか、じゃあどこに行くんだ?」


「うーん、そこまできっちり決めなくてもいいんじゃない? あ、そうだ。アニメショップには行きましょ!」


 月麦らしいチョイスである。


「ま、その前に勉強だな」


 そう言ってようやく採点が終わった課題を手渡す。


 半分くらい不正解だったその答案用紙を見て、月麦は顔をしかめたのだった。

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