第46話 カップル割引

 今日はデート当日。


 今回は海羽によるレクチャーもなかったので、俺は家の前まで月麦を迎えに来た。


 インターホンを鳴らすと、月麦は前に遊園地に出かけたときと同じ格好でやってきた。


 今日はそれに加え、大きめの鞄を肩から担いでいる。


 その服、気に入ってるんだろうな。俺の目の保養にもなるから大変にうれしい。


「じゃあ行くか」


「うん。晴れてよかったわね」


「最初はどこに行くんだ?」


「ケーキ、食べにいくわよ!」


「まじか、朝からいくのか?」


 女の子ってみんなこんな感じなのか? 海羽をはじめとして、甘いものに対しての情熱が高すぎない?


「今日は限定のやつを食べてみたいから、早くしないと売り切れちゃうの。あのお店の限定品、お昼には毎回完売しちゃってるから」


「そうなのか、だったら急がないとな」


 そうして俺たちは急ぎ足で店の前までやってきた。


 列はできていなかったが、休日ということもあり、店内は多くの人でにぎわっていた。


「ね、ねえ大地。これ一緒にやってもらえないかしら?」


 ふと、月麦がその店の前にある限定セットの内容がチョークで書かれた看板を見ながらそう言った。


 そして、そこに書かれていたことを読んで俺は目を丸くした。


 そこには『限定ケーキセット。カップルのお二人には通常価格の半額で提供いたします。注文後、カップルであることを確認するために、お互いに食べさせあいっこをしてもらいます』と書いてあった。


「これ、カップルなら二つ頼んでも一つ分の料金で済むみたいだし、ダメ……かな?」


「……お前がいいなら別にかまわないが」


 前の定食屋でもそうだったが、こいつは誰かにものを食べさせることを躊躇ちゅうちょしないタイプなんだろうか?


「……よかった、大地がオッケーしてくれて。このキャンペーンがある日をネットで調べてきたかいがあったわ」


「何か言ったか?」


「ううん、なんでもないの。さあ、はやく行くわよ!」


 月麦は勢いよく中に入ってから、店員さんに限定セットを二つ下さいと言った。


 カップルの方ですか? と聞かれて、はにかんだようにはいと答えていた。


 そのまま席に案内されて、俺たちはお互いに緊張しながらケーキの到着をまっていた。


 しばらくすると、店員のお待たせ致しましたという言葉と共に、目の前に大きなケーキがどんと置かれた。


 山盛りのイチゴと生クリーム。この量でこの金額なのは確かにお得なんだが……。


「それでは、お二人がカップルであることを証明するために、お互いに食べさせあいっこをしてもらいます!」


 いよいよこのときがやってきてしまった。


「それではまず、彼女さんの方から彼氏さんに食べさせてあげてください」


「だ、大地……あーん」


 月麦はためらいがちに俺にケーキを差し出した。


 今回は俺がこいつに初めてこうやって食べさせてもらったときとは状況が違う。


 こいつは無意識であったのに対して今回は意識しまくりでぷるぷる震えてるし、なにより人の目がある。


 でも、月麦は顔を赤くしながらも、俺から目をそらそうとしなかった。


 俺は気合を入れて、一気にそのイチゴの乗ったケーキを食べた。めちゃくちゃ甘かった。


「それでは次は彼氏さんも、よろしくお願いします!」


 店員のその声に促され、俺はケーキを小さく切ってイチゴを乗せ、月麦のちいさい口に運んでいく。


 なんだか緊張して、俺も少し手が震えた。


 月麦はきゅっと目をつむっており、恥ずかしいのかほんのりと頬を染め、一生懸命に小さな口を開けている。


 その姿はなんだか、えさをねだっている小鳥みたいでとても愛らしかった。


 その顔をしばらくじっと眺めていると、月麦はいつまでたってもケーキが口の中に運ばれてこないのを不思議に思ったのか、目を開いて俺の方を見た。


「ちょっと、口開けて待ってるんだから早くしなさいよね!」


「そうだったな。悪い悪い」


「もう、なんであんなに長い時間放置するのよ。いじわるなんだから」


 月麦はねて唇を尖らせている。


「悪かったって。なんか口開けてる姿が可愛かったからさ。ほら、あーん」


「えっ! ちょっ……はむっ」


 俺はその口の中にケーキを入れてやった。


 月麦はゆっくりと口を動かしていだが、おいしかったのか次第に頬が緩んでいくのがわかった。


 食べてる間はいつも幸せそうだよなこいつ。


「ありがとうございます、ラブラブなお二人ですね! こちら限定セットの割引券とドリンクのサービスになっております。ごゆっくりどうぞ」


 店員さんはカップル用のストローが刺されてあるジュースと会計時に使用できる割引券を机に置いて去っていった。


 俺たちはお互いに顔を赤くしながら向かい合っていた。


「お前さ、前は平気そうに俺にケーキ差し出してきたじゃん。なんで今はそんな照れてるの?」


「ううううっさいわね! 前はそんなの意識してなかったし、それにこれ、食べさせるより、食べさせてもらうほうが恥ずかしいのね……」


 月麦は目の前にあるケーキを見つめながらそう言った。


「まあ、いいわ。とにかくこれで割引券も手に入ったし、どんどん食べるわよ!」


 それから月麦ははじけるような笑顔でケーキを味わうことに没頭していた。


 ぱくぱくと幸せそうに食べている姿を見ているとこっちまでうれしくなってきた。


 あの日、いろいろあって最後はあんな感じで終わってしまったけれど、それを取り戻せてよかったなと俺は思った。


「ところで、このドリンクどうするんだ?」


 俺は机の上においてあるサービスドリンクを指さして言った。


「飲みたいなら飲んでいいわよ」


「このストロー二股だからそっち側をふさがないと飲めないぞ?」


「……確かにそのままだと空気が抜けちゃうわね」


 月麦はそのストローをしばし眺めていた。


「その……だったら、一緒に飲む?」


 それから、遠慮がちに上目遣いでそう聞いてきた。


「いや、お前。それはストロー貰うか、グラスから直接に飲めばいいだろ?」


「でも、グラスからだと氷がいっぱいあるから飲みにくいし、ストロー下さいなんて言ったら、せっかく恥ずかしい思いをして手に入れたこの割引券、取り上げられるかもしれないでしょ?」


「さすがに店としてそれはないと思うが……」


 あれだけのことをさせておいて、ストローを貰うだけで『やっぱりあなたたちはカップルじゃなかったんですね』と言って割引券を取り上げてくるような店はないと思いたい。


 まあ、俺とこいつはカップルではないから反論はできないんだが……。


「いいから早く。もったいないし飲みましょう。あんたはそっち側ね」


 月麦は言うや否や、ストローをくわえて俺を待っていた。


 なんか今日、こいつ積極的じゃないか? 


 さっきから、まるで本物のカップルみたいなことをしている。


 俺はそんな月麦に魅入られるようにゆっくりと顔を近づけていき、反対側のストローを咥えた。


 月麦の顔が目の前にある。


 そのまつ毛の長さとか、くりっとしたおおきな目とか、普段より赤く染まった頬とか、桜色のぷっくりとした唇とか、そういうものから視線を外すことができない。


 キスするときってこんな感じなのかな、なんて似合わないことまで考えてしまった。


 俺はそのままゆっくりと息を吸い、ジュースを吸い上げる。


『ぷは……』


 俺たちは二人同時に口をストローから離した。


 結局、味なんてまるでわからなかったし、ほとんど中身は減っていなかった。


「……思ったんだが。別に俺たちの口でストローふさぐ必要なかったよな? 指でそっち側つぶすだけでもよかったし」


「そ、そうね。さすがにこれは、いくらなんでも恥ずかしすぎたわ……」


 月麦は真っ赤に火照った顔を冷やそうとしたのか、ストローの反対側を指でつぶし、のこりのジュースをこくこくとのどを鳴らして飲んでいた。

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