第42話 おっぱいと決意

 改めて聞きたいことを誤解のないように伝えると、みうみうはわたしのことをジト目で見てきた。


「最初に気にするところがそこなんですか……」


 確かに彼女の言う通り、最初にするような質問でなかったと思う。


「ちなみにお姉さんは大きいみたいですけど、どのくらいの大きさなんですか?」


 みうみうも興味があるのか、お姉ちゃんのおっぱいのサイズを聞いてきた。


「ついこの前、Gカップのブラがキツくなったって言ってたわね……」


「じ、じいかっぷ?」


 みうみうは指を折りながらそのアルファベットが何番目になるかを数えていた。


 たしか、みうみうはアルファベットの最初の文字がカップ数だと言っていたような?


「あたしの……七倍?」


 みうみうはすごい顔をしていたけれど、胸の大きさってそんな単純な掛け算じゃないと思う。


「そ、それってどのくらいのものなんですか? まるで想像ができません」


「……ええっと、両胸をはかりに乗せて重さを計量したら、一キロを超えるくらいかな?」


 ふらりとみうみうの身体が揺れた。


「世の中は不平等です。そもそも秤に乗せるってなんですか? おっぱいって普通、秤に乗せられるような大きさのものじゃないですよね? そんなにあるなら三分の一くらいあたしに分けてくれてもいいじゃないですか……」


 みうみうは大きなため息をついて肩を落としていた。


「と、とにかく話を戻しますけど、あたしも世の中の男がどういう大きさが好みなのかまでは知りません。そういうことはネットにでも聞いてみたらいいんじゃないですか?」


 わたしの苦い思い出が蘇る。


 ネットを信頼して書かれている通りにあいつを誘惑したけど、結局ただ恥ずかしい思いをしただけになったのは、わたしのなかで消え去りたい記憶の一つになっている。


 でも、ほかに頼るものもないのも事実だ。


 参考くらいにはなるかもしれないし、とりあえずはネットに聞いてみることにしよう。


 わたしはおっぱい、大きさ、好みで検索をかけた。そして上の方に出てきた掲示板を眺めてみる。


『男は本音を言わないだけで、おっぱいが小さいとがっかりしてる』


『女が男の身長を見るのと似た感覚じゃね? でかいと自然に目が行くし、小さいと残念な気持ちになる』


『大きさも大事だけど、形』


『ペチャパイに人権なし』


『やっぱり大きいと揉み応えが全然違う』


『男的には、はさめないのは女じゃない』


「……挟めないと女じゃないって、噓でしょ?」


 そこに書いてあったのは、ほとんどが巨乳賛美の言葉。


 中には大きさじゃないって書いてあるのもあったけれど、それは少数派の意見だった。


 わたしは確認のために。両手で胸を持ち上げてぐっと寄せてみる。


「……ちょっと、厳しいかも」


 わたしのでもがんばれば、ぎりぎりなんとかなるかも?


 でも、余裕をもって挟むことができるほど大きくはない。


 そもそもあいつのアレがどれくらいの大きさなのかとか、実物を見たわけじゃないから何ともいえないんだけど……。


 でも、一般的な男の基準がそれだとするとみうみうはおろか、わたしでも全然だめだった。


 とてもじゃないが男たちをとりこにできるような立派なものはついていない。


 うしろからわたしの携帯を覗き込んでいたみうみうもなんかダメージ受けてるし。


『男なんてみんなバカです、あんな脂肪のかたまりの何がいいんですか!』って叫んで机に突っ伏していた。


「とにかく、こんなわけのわからないことに時間を割いている場合ではないのです!」


 みうみうは八つ当たりをするみたいに机をたたきながら、わたしに向かって声をあげた。


「つむつむにはまずやるべきことがあるでしょう!」


「やるべきこと?」


「自分の好意を、もっとその男にアピールするということです」


「そんなこといわれても、具体的にはどうすればいいの? もう結構過激なことまで、あいつを魅了しようとする過程でやっちゃったような気がするんだけど……」


 ちっちっちと、みうみうはどや顔で指を振った。ちょっとうざい。


「甘い、甘いですよつむつむ! きんつばに黒糖をぶっかけて食べるくらい甘いです!」


「胸焼けがしそうね?」


「今までやってきたのは誘惑であって、好意のアピールではありません!」


「えっと、何が違うの?」


「全然違います!」


 みうみうは得意げに語り始めた。


「いいですかつむつむ? 誘惑というのは相手の性欲を刺激して感情を支配しようとするものです。でも、好意を伝えるというのは、その人のためを想って何かをしようとする気持ちことです。だから、根本的に違います」


「な、なるほど……?」


 わかるような、わからないような? わたしはみうみうの迫力に気圧けおされながら頷いた。


「だから、たとえ誘惑がうまくいったとしても、それは相手に好かれることとは結び付かないんです。ですがもし、うまく自分の好意を相手に伝えられれば、伝えられた方はうれしくなりますし、好きになってくれる可能性も上がります。だから、今後つむつむは、相手のことを好きだということをいっぱい行動で表現するべきです!」


「……でもそんなこと、どうやってやればいいの?」


 男を誘惑するための方法は経験からなんとなく知っているけど、自分の好意を伝える方法なんて想像もつかなかった。


 だって、今までそんなことする必要がなかったのだから。


 そんなわたしの不安そうな顔を見て、みうみうは微笑んだ。


「大丈夫ですよ。つむつむがしたいと思うことをすればいいんです。たとえば甘えてみたり、手を握ってスキンシップをしてみたりとかです」


「そんなことでいいの? でも、あいつにそんなことをしたら逆効果になるんじゃ……」


 大地はそういう男女関係の段取りとかにものすごくこだわりがありそうだし、下手にスキンシップを試みてまたビッチだとか言われたら結構悲しいというか、落ち込むかも。


「はあ……つむつむも面倒くさい男を好きになりましたよね。でも、心配しすぎですよ。女の子が甘えてスキンシップを求めてきて、うれしくない男はいないんですから」


「……そういうものなの?」


「はい。それに、二人はそれなりの時間を一緒に過ごしてきたじゃないですか? お互いがどういう人間で、どんな性格なのかある程度分かって付き合っていますし、信頼関係も結べているでしょう? だから、そうやって行動で好意を伝えてもきっと大丈夫ですよ」


 なるほど、と思った。言われてみればそんな気がしてくる。


「わかった! わたし、頑張ってみる!」


 これからはあいつに甘えてみたり、積極的に手を握ったりしてみよう。


 それから、あいつと会うときは、できるだけあいつ好みの服装でいるところから始めてみよう。


「でも、みうみうって恋愛に関しての知識とかすごいわよね。どこで調べたの?」


「ふっ、あたしが今まで漫画で何人の少女たちと恋愛を共有し、ゲームで何人の男を落としてきたと思っているんですか?」


「……ほんとに大丈夫なの、それ?」


 わたしは急に不安になってきた。少女漫画や乙女ゲーの経験で自分の大事な初恋を語られたらたまったもんじゃない。


「大丈夫に決まっています! 乙女ゲーはともかく、少女漫画は恋愛のバイブルですよ。絶対に役に立ちますから」


 みうみうは任せて下さいとばかりに、小さな自分の胸をとんと叩いた。


「それに、そういった恋愛に関することはゲームや漫画だけじゃなくて、いろんな本とか、ユー〇ューブとかでも知識を得ています。あたしだって恋がしたいって思っていますから、いつかその日がきたときのためにずっと勉強をしているんです」


 みうみうがそういうものを積極的に見ていることは意外だった。やはり彼女も年相応に恋愛に憧れている女の子のようだ。


「それからこれだけは言っておきたいんですけど、つむつむは今後、その男に魅了魔法を使うのは避けるべきだと思います」


「え、どうして?」


「魅了魔法を使っていると、相手がつむつむを好意を受け入れてくれたとしても、それが魅了魔法の効果なのか、そうじゃないのかがわからなくなるからですよ」


 わたしははっとした。


 それだけは嫌だ。


 大地がもし、わたしのことを好きになってくれるような奇跡が起こったとき、そんな飛び跳ねたくなるほどうれしいことがあったとき、それが自分の魅了魔法によるまやかしのものだとわかったら、立ち直れなくなると思う。


 まあ、あいつに限ってそれはないとは思うんだけど、それでもその可能性があることを考えると、それだけで心がざわついた。


「……わかった。勉強は嫌だけど、あいつにはもう二度と魅了魔法を使わないようにする」


「それがいいと思います。魅了魔法を使わなくても、つむつむなら大丈夫です。こんなに想ってくれる可愛い女の子を放っておくような男がいたら、あたしが説教をしてあげます」


「うん、ありがと。そう言ってもらえると少し自信が出るわ」


「とにかく、行動しないと何も変わりません。もし失敗したら、あたしが責任を取ってあげますから、積極的に行きましょう!」


「……どうやって責任取るのよ」


 失敗したらわたしが大地から嫌われてしまったり、変に思わたりするだけである。


 それだけは本当に勘弁してほしい。


 でも、みうみうの言う通り、このまま行動せずにいても、大地のことが好きだという気持ちを持て余すだけになりそうだ。


 こんなに応援してくれる友達もいるんだし、頑張ってみよう。


 ここまで来たなら前に進むしかない。


 今日からあいつとわたしの新しい勝負が始まるのだ。


「ぜったいにあいつを、わたしに夢中にさせてやるんだから!」


 わたしは最初のときとは違う意味を込めて、改めてそう決意を固めたのであった。

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