第35話 わからない気持ち
電車から降りてから少しだけ歩き、俺たちは目的地である遊園地の入園ゲートの前までやってきた。
俺もこういったところに来るのは数年ぶりのことである。
遊園地なんて久しぶりだな。そんな月並みな感想を俺が言おうとしたときだった。
「わああぁ、すっごいわ!」
その言葉は、興奮した月麦の大きな歓声によってかき消された。
「ねえ見て大地! あのジェットコースターすっごく高いわよ!」
やっぱりネットで見るのと実物は違うわねと、飛び跳ねるようにして彼女は進んでいく。
「もう開園しているんだし、早くいくわよ!」
そしてついに我慢が限界を迎えたのか、月麦は入場ゲートへ向かって駆けだした。
「おーい待てって! 入園チケットも持たずにどこ行くんだよお前は!」
「こらー早くしなさいよ大地!」
月麦は遠くから手をぶんぶんと振って俺を呼んだ。俺は小走りで月麦に駆け寄った。
「開園したばっかりなんだから、そんなに急がなくてもいいだろ?」
「あんた何もわかってないわね。人の少ない今が狙い目なんじゃない!」
「……まあ、それもそうか」
「急ぎましょ、とくにジェットコースターは並ばなくちゃいけなくなるわよ! 絶対に一番前の席を確保するんだから」
月麦は俺の腕を掴んで引っ張った。
「ほら、行こ!」
想像以上の月麦のはしゃぎぶりに、俺は面食らってしまう。
こいつがこんな幼い子供のように、浮かれている姿はとても新鮮だった。
そんな彼女に手を引かれ、俺はジェットコースター乗り場に向かった。
「なんとか間に合ったわね。わたしたちが最初の乗客よ!」
月麦は興奮しながら、係員にフリーパスチケットを見せた。
「どきどきするわね?」
一番前の席に座り、シートベルトを付けながら月麦は言った。
隣に座った俺が、そうだなと返事をしてしばらくすると、発車準備が整ったコースターが動き始めた。
チェーンによって車体が巻き上げられていき、やがて最高地点に到達する。
そしてその瞬間がやってきた。
「きゃああああああああ!」
「うおおおおおおおおお!」
強烈な浮遊感と風を切る心地よさ。
俺たちは仲良く大声をあげながらジェットコースターを
「ああ、すごかった! ほら、次はあれに乗りましょ!」
ジェットコースターから降りた後、月麦はまたもや
「お前、本当に好きだよな?」
「当たり前でしょ、これを楽しみにしてここまできたんだから!」
楽しそうな声と笑った顔。
こいつのいたずらっぽい笑みとか、誘惑してくるときの人をからかうような表情とか、怒った顔とか、勉強するときの面倒くさそうな顔は何度も見てきたけど……。
「次は急流すべりよ! あんたが座るのはいちばん水を被りやすいところね!」
「おい、それはじゃんけんで決めさせろ!」
こんなにも無邪気に笑顔を輝かせた姿は初めて見た。
「だめ、男の子なんだから水からわたしを守ってみせなさいよ」
「無茶いうなって」
今だってこいつの行動は全部が子供っぽいのに……それがこんなに魅力的に映るなんて、知らなかった。
「どうかした?」
「いや……なんでもない」
それはほんの一瞬のことだったけれど……。
「もうすぐわたしたちの番になるわよ! すっごく楽しみね!」
「……そうだな」
俺は間違いなくその瞬間、月麦に魅了されていた。
(ずるいだろ……あんな顔するなんて)
こっちはこいつにときめく準備なんてまるでしていなかったのに……。
だって相手はあの月麦だぞ?
ビッチで、年下のくせに偉そうで、魅了魔法で誇り高き童貞の俺を誘惑してくるし、勉強もできない。
そんなこいつに、俺がときめきを感じる日が来るなんて、誰が予想できるだろうか?
「次はあそこに行きましょ?」
月麦はそう言って、自然に俺の手を握った。
そのまま彼女に引っ張られるようにして、俺は次のアトラクションへと向かった。
開園してしばらく時間も経ったので人も増え始めていた。
そのせいもあって、アトラクションに乗るまでの待ち時間があったが、二人で好きな漫画とかゲームの話しているとそんな時間も楽しくてあっという間だった。
そしてその間、離すタイミングを逃してしまった二人の手は、しっかりと繋がれたままだった。
月麦といると退屈しない。笑顔をみるとうれしくなって、一緒にいて気楽で、ちょっとしたことが楽しかったりする。
この気持ちを表すなら……表すなら、なんだろう?
結局俺はその答えがわからないまま、考えることをやめてしまった。
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