第3話 妹がやってきた
「誰もいないけど、ただいま~」
学校からアパートに帰ってきた俺は浮かれきっていた。
目の前に現れた理想の女性と、ついに会話をすることができたのだ、今日は最高にいい日である。
荷物を置き、普段は歌わない鼻歌なんて口ずさみながら、るんるん気分で部屋着に着替えようとしたところで、誰もいないはずの背後から突然声をかけられた。
「なんでそんなに機嫌がいいんですか? 顔がにやけすぎていて気味が悪いです」
「うおおおっ!? なんだなんだ!?」
「……驚きすぎですよ、兄さん」
振り返ると、そこには妹の
すらっとしたスレンダーな体型に整った目鼻立ち。
髪をいつものようにポニーテールにまとめ、短めのスカートにダボっとしたパーカーを羽織ったラフな格好で俺のことを見上げている。
その手にはスーパーに寄ったのか、白いビニール袋が下げられていた。
「なんだ
先月から一人暮らしを始めた俺と違い、海羽はまだ高校生で実家暮らしをしている。その妹がなぜこんなところにいるのか?
「カギは兄さんがこのアパートに入居したときに、お母さんから一本預かってます。それに、今日のお昼くらいに来ることは連絡したんですけどね?
まあ、浮かれたら周りが見えなくなる兄さんのことですから、どうせ通知が来ても読んでいないのでしょうけど」
そう言われて携帯を見ると、確かに海羽からのメッセージが届いていた。
海羽は両手を広げ、やれやれとでも言いたげにため息をついたあと、キッチンに向かい冷蔵庫を開けた。
「おい、勝手に人の家の冷蔵庫を開けるんじゃない」
「人の家って、いまさら兄妹でなにを言っているんですか……ってうわ、やっぱり冷蔵庫に卵とささみとブロッコリーしか入ってないじゃないですか!」
「いいじゃないか別に。タンパク質豊富でうまいんだぞ」
俺はあの女に振られてから、あんな奴に引っ掛かってしまったのは心の修練だけじゃなく身体の修練も足りていないからだと考えて筋トレをするようになった。
その結果、あのときはひょろひょろだった俺も、今では腕や足が太くなり、腹筋も綺麗に六つに割れている。
その体型を維持するために、筋肉にいい食材は常に冷蔵庫に常備していた。
「だからって毎日同じものばかり食べているのは、いくらなんでも人間としてやばくないですか? ワンちゃんでもドッグフードだけじゃなくてジャーキーくらい食べますよ?」
海羽はそう言って、買ってきた食材を冷蔵庫にしまった。
「本当にどうしようもない人ですね、仕方ないので、今日はあたしが兄さんのためにごはんをつくってあげます。感謝してくださいね」
「本当か? それは助かる、ありがとう海羽!」
海羽の作るごはんは、俺が自分で作ったものより何倍もおいしいからな。
「ところで、今日は部活はなかったのか?」
海羽は和菓子好きが高じて茶道部に所属していた。あたしがお茶をたてたら天下一品ですからとは本人の談だ。
「茶道部は毎日活動しているわけじゃないですから、今日は休みです。それに、お母さんから、生活力が皆無な兄さんの様子を見て来いと言われましたので」
心配性の母上である。
「そういうわけなので、これからもときどき兄さんの様子を見に来ますからね。一人暮らしだからって羽目をはずして、あんまり変なことばかりしないようにしてくださいよ?」
「……なんだよ、変なことって」
「そ、それは……そんなの言えるわけないじゃないですか、兄さんの変態! そんな
海羽はいったいなにを想像したのだろうか?
からかってやりたくなったが、せっかくの海羽のご飯が食べられなくなるのは俺も困るのでやめておいた。
「で……話は戻るんですが、どうしてそんなに機嫌がよかったんですか? なんだかいやらしい顔をしていましたけど」
海羽は持ってきたかわいらしいエプロンを身に着け、料理を始めながら俺に
「そうだ、聞いてくれ海羽! 俺はついに、大学で理想の女の子を見つけたんだ!」
海羽は聞かなきゃよかったといわんばかりのしかめっ面でこちらを振り向いた。
「また兄さんの理想の女の子の話ですか? 兄さんは身体も鍛えて引き締まっていますし、勉強もできる努力家なので尊敬はしてますけど、理想の女の子を語る姿だけはあまりにきもいです。近寄りたくないです」
「そこまで言わなくてもいいだろ!? とにかく、大学にいたんだよ俺の天使が!」
「あーはいはい、それは良かったですね」
海羽は面倒くさそうに俺をあしらって料理に戻ってしまった。そっちから話題を振ってきたのにつれない奴め。
相手にしてくれないのでおとなしく待っていると、海羽は数分後にキッチンからひょっこりと顔を出した。
「ご飯できましたから、運ぶのを手伝ってください」
「あれ、もうできたの?」
さすが入之波家の料理担当、すごく手際がいい。
海羽が作ってくれたのは麦ごはんに焼き鮭となめこのお味噌汁、それからほうれん草のおひたしだった。
「筋肉に取りつかれた兄さんのことですから、タンパク質多めの鮭定食にしてみました」
さすが妹、俺のことをよくわかっている。
「いただきまーす!」
二人で一緒に手を合わせてから、俺は鮭を頬張った。
「うん、うまい。やっぱり海羽の手料理は最高だな」
「本当にそう思うなら、今度あたしが来るときは何かおいしい和菓子でも買っておいてくださいね?」
そう言ってにひひと笑うかわいい妹を見て、そのくらいのおねだりなら聞いてあげたいと思う俺だった。
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