墜落、スクラップ、上昇の夢
デッドコピーたこはち
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目の前に死体が降ってきた。いつものスクラップ漁りの最中で、油断してたもんだからマジでビビった。ダーン!って、すごい音がしたから、誰かが大砲でもぶっ放したんじゃないかと、一瞬、そう思った。ホントに一瞬だけ。
思わず、身をかがめたけど、目の前にあるものを見て、人が降ってきたんだと気が付いた。死体を見るのは、別に初めてじゃない。でも、厚い石膏ボードの上に叩きつけられたおかげで、血やら肉やらが飛び散って、ぐちゃぐちゃになってた。そんなひどい死体は、さしもの私も見たことがない。
「うわ」
思わず声を出す。それから、上を見上げた。どこまでも高くそびえる超々高層建築物。その間に細く空が見える。このスクラップ溜まりは都市の最下層に不法投棄されたゴミが集まってできたもので、いまでも時々、廃車になったホバー・カーのフレームとかが落ちてくる。だけど、死体が降ってくるのを見たのは初めてだった。
死体をよく見てみると、身なりが良いのがわかった。私が着てるぼろ布まがいの服とは違う。なんか全体的に白くてテカテカしてて、半透明の部分もあって、なんていうか知らないけど……とにかく、上等な生地でできた服を着ている。スクラップ回収屋のジョニーの着てるレインコートが雨を弾くみたいに、血を弾いているのもわかる。持ち主は死んでいるのに、服だけが生きているようで、不気味だ。
「うわ」
また、同じこといっちゃった。でも、しょうがない。マジでビビったとき、人間はただ慄くことしかできないのだ。
「えっ? なんで? なにこれ? いや、待て。落ち着け……」
私は深呼吸した。大きく息を吸って、吐く。よし。ちょっと落ち着いてきた。とにかく、ヤバいと思ったときは、落ち着いて深呼吸。ミカが教えてくれた。確かに、効果覿面だ。さすがはミカ。
「そうだ、ミカだ……」
こんな異常事態、私一人で抱え込めるわけがない。ミカを呼んでこよう。ミカならきっとなんとかしてくれる。
電撃的ひらめきを得た私は、同じくスクラップ漁りをしているはずのミカを探しに、全力で走った。
「それで? これが、例の死体?」
ミカが死体を見て、怪訝な顔をしながらいった。さらに、自身のカールした黒いもみあげ―—ミカは尋常でないくせっ毛なのだ―—を、人差し指でくるくるといじっている。これは、ミカが不機嫌なときのしるしだ。
「そう! 目の前に落ちてきたから、マジでビビったよ。しかも―—」
「やめて。マナ。もう聞いたからそれ」
ミカはため息をついた。ミカが自分の感情を隠そうともしないのは珍しい。穴場を見つけたばかりのところを、無理やり手を引っ張って連れてきたのが、相当頭にきているみたいだ。
「で、ミカはどうしたらいいと思う?」
「どうって?」
「警察とかに通報した方がいいと思う?」
私がそういうと、またミカはため息をついた。
「マナ。あのさ、警察が私たちのいうことをまともに取り合うわけないでしょ。下手すりゃ私たちが犯人だと思われちゃうよ。そもそも、どうやって通報するの。私たち、神経接続端子はおろか、携帯電話も持ってないのに」
「そっか! いやあ、残念だなあ。一生に一度は通報するのが夢だったのに」
「どんな夢なの。それ……」
ミカが三度目のため息をつく。
「じゃあ、どうしようか。そのままってわけにはいかないでしょ」
私は死体を見た。ミカと話して、だいぶ平静を取り戻せたので、先ほどは気づかなかった部分にも、気が回せるようになった。
死体は男のようだ。大人の男ではない。年はローティーンくらい。私たちの少し下。まだ子どもの、男の子だ。そう思うと、不気味に思えた死体もかわいそうに見えてくる。
「そりゃ、一つしかないでしょ」
ミカは死体に近づいていった。なにをするのだろうと思って見ていると、ミカは死体の服を脱がし始めた。
「な、なにしてるの。ミカ!」
「追いはぎ」
ミカはそれだけいうと、血に汚れるのも構わずに、黙々と死体を漁り始めた。服をすべて脱がし、ポケットを一つ一つひっくり返す。出てきたのは、糸くず。純金トークンが二枚。兵士を模したフィギュアが一体。飴玉がいくつか。それだけだった。
「しけてる。IDもないのか」
フンとミカは鼻を鳴らし、死体の潰れた顔を撫ぜはじめた。サイバネがないか探っているのだ。
「MRコンタクトだけ? 子どもだからサイバネはなしね」
「ミカ……なんで……」
「なんで? こいつにはもう要らないでしょ」
ミカは素っ気なくいった。だけど、私はそこに隠された怒気を感じ取った。
「死んだら終わりなんだよ。死んだら。もう、要らないんだよ。死んだやつは全部奪われる。全部」
ミカはまったくの無表情だった。私はもうなにもいえなかった。
死体はミカによって、服から人工歯の一本に至るまで、すべて奪われた。残ったのは正真正銘、死体そのものだけだった。叩き潰された、全裸の死体。
「これ。下水に捨てに行くから手伝ってよ」
ミカは死体を指さしていった。ミカの言葉には、もはやなんの感慨も含まれていなかった。完全にフラットだった。
「わかった」
私はうなづいた。ミカの行動に、思うところがないわけではなかったが、私はここまできたら、ミカの思い通りにしてやろうと、決心していた。ミカはけして非情なだけの人間ではない。むしろ、このスクラップ溜まりでは優しすぎる方だ。あまり、賢くない私をいつも気にして、つるんでいるのがその証拠。ミカがここまでするのはなにか理由があるはずだと、私は考えていた。
私とミカはスクラップの中から二本の棒きれと、印刷が薄れた広告旗を持ってきて、担架をつくった。死体を担架に乗せ、二人で下水の入り口、大マンホールを目指して、歩きはじめた。
スクラップ溜まりの住人はいらなくなったものを、なんでも大マンホールから下水に流してしまう。トイレにためておいた汚物とか、フライドチキンの骨とか。なんでもだ。上に住んでるやつらがスクラップ溜まりにものを捨て、スクラップ溜まりの住人がそれを活用する。スクラップ溜まりの住人が認めた正真正銘のゴミだけが、下水に流される。
大マンホールに着くまで私たちは一言もしゃべらなかった。死体を大マンホールから投げ捨てるときに「せーの」といっただけだった。
投げ捨てられた死体は腐臭を発する大マンホールを落ちていき、やがて見えなくなった。
それから、私たちは自分たちの家に帰った。私とミカは、私の母が病気で死んでしまって以来、いっしょの家に住んでいる。家といっても、ガラクタをかき集めてつくった、雨風をしのげるだけの小屋だけど、私は気に入っていた。
ミカが再び口を開いたのは、寝床に入ってからだった。いつも、ペタンコになったフトンのなかに、いっしょに入って寝るのだが、今日のミカは私に背を向けていた。
「あいつ、捨てられたんだよ」
「えっ?」
「あの死体、IDを持ってなかった。普通、上のやつらは肌身離さずIDを持ってるんだ。IDを取り上げられてたってことは……」
ミカは大きく息を吸った。
「捨てられたんだよ。私と同じに……」
ミカは消え入るような声でいった。私は息をのんだ。ミカは私と違って、スクラップ溜まりの生まれではない。十歳か、そこらへんで、ここに来たのを覚えている。スクラップ溜まりに、子どもが捨てられるのは珍しいことではない。まあ、大抵は長く生き残れない。飢えか、寒さか、病気で死んでしまう。
だが、ミカはしたたかだった。すぐに、大人たちに取り入り、自分の居場所をつくった。私の母も、ミカに絆された一人だった。
「死んだら終わりなんだ。全部終わりなんだよ……」
ミカは震えていた。背中越しにも、ミカが泣いていることはわかった。私はミカのことをそっと後ろから抱きしめた。やがて、ミカの震えが止まって、呼吸も穏やかなものになった。
「今日のも全部うっぱらって、金を溜めて、……いつか、いっしょにIDを買って……上へ行こう。マナ」
「うん」
私はうなづいた。
だけど、私は本当に上へ行きたいわけではなかった。ミカは上のことをまるで天国のことのようにいうが、そうは思わない。スクラップ溜まりに子どもを捨てていくのは上の人間、今日の死体を落としていったのも上の人間だ。そんな、恐ろしいことをする連中が住んでいる場所が、いい場所のはずがない。
地獄の外側も、また同じ地獄なのだろうか。そうかもしれない。でも、ミカと一緒なら、地獄でも楽しいのだと、私は知っていた。
墜落、スクラップ、上昇の夢 デッドコピーたこはち @mizutako8
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