第33話 今日は終わりじゃない

 日が明けた。

 俺はタイムリミットを乗り越え無事に日曜日を迎えることができた。

 実際には紫の女は取り逃したが正規品も持ち合わせているからかベルトを外すことができた。

 豊美の回復が俺の能力を借りる能力の強化に使われたことでマスクの破壊はできたのだろうというのが今の俺たちの結論だった。本当に豊美さまさまである。

 昨日は激戦の末、目的の相手である黒の男を倒すことに成功した。だが、全員がボロボロでなんとか家まで帰ることで精一杯でろくに食事もとらずに眠りについた。

 そんなこんなで朝がやってきていたのだ。せっかく豊美が腕を振るってくれたのだが、俺は空腹よりも気持ちの落ち込みが大きく、せっかく用意してくれた料理もまともに喉を通らなかった。だが、トロトロ食べているだけだと判断したのか気がつけば俺の分の料理は豊美が横からかっさらっていた。追加を作るという沙也加の申し出を丁重に断り俺たちは家を出た。

「元気ないわね。その、食い気が強いのは仕方ないじゃない」

「気にするなよ。元気がないのはせいじゃないから。十分食べたよ」

「そう」

 気分が落ち込んでいるのは事実だ。

 それはそうだろう。幼い頃からの友だちが敵だったのだ。そのうえ炎で囲まれた場所からは避難させたが救助はできなかったため無事だった確証はない。

 できる限りの対応はしたつもりだが、未完成品の影響もある。

 正確にどれだけ身につけていたかは検討もつかないが学校にいる間はずっとつけていたのだから影響は大きいだろう。

 俺はあれでよかったのだろうか。

 ボーッとしていると思ったのか沙也加が俺の顔を覗き込みながら心配そうに言ってきた。

「やっぱり朝食足りなかったんじゃないですか?」

 沙也加じゃあるまいし、とは言わなかったが俺ははにかみながら首を横に振った。

「でも、元気なさそうなのだー」

 舞香もまた俺の顔を見て眉を寄せ困ったようにしながら言ってきた。

「大丈夫だよ。少ししたら戻るさ」

 それでも舞香は俺を笑わせようと変顔を見せてくれる。

 なにかしようとしてくれるのはありがたい。しかし、今は表情だけ笑うことしかできない。

 思うと平和が戻ってきてやっと自由変形ロボの呪縛からも解放されたというのに俺はパッとしない気持ちに包まれているのだ。

「じゃあなに辛気臭い顔してるのよ」

 豊美が言ってきた。

 笑って隠したつもりだったが俺の気分は表情に出ていたのだろうか。

「そんなんじゃだれも喜ばないわよ」

 黒の男を倒したから一応は顔を出せと言われたため、俺たちは家を出てラボを目指していた。

 祝勝会でもするつもりなのか。

 俺は平和な日常を取り戻した。

 たしかにやりたい気持ちはわかる。

 よくわからないまま巻き込まれた戦いも終わった。一件落着だ。

 だがやりきれない気持ちと罪悪感から俺は外れるようになったベルトを外し豊美へ差し出した。

「なによ」

「返すよ。今回のことでよくわかった。これは俺の手に負える物じゃない。だから、これからは俺は自分の肉体でできることをやろうと思う」

 憧れていた現実を手にしたもののこれが超常だということを思い知るには十分すぎる経験だった。

 しかし、豊美はふっと笑うと首を横に振り俺の手を突き返してきた。

「かっこつけてるとこ悪いけど、それはできないわ」

「どうしてさ。戦いも終わって体からも外れたじゃないか。まだ俺がやらなきゃいけないことがあるのか? 紫の女との戦いも俺が関わることになるのか?」

「ええ。もちろん」

 俺は豊美が自由変形ロボを受け取る気がないとわかると仕方なく沙也加に差し出した。

 沙也加は豊美と違い抵抗することなく自由変形ロボを受け取った。

 沙也加が受け取ると途端に跳ね返るようにして自由変形ロボは俺の手元に戻ってきた。

 器用なパントマイムだと思いながら今度は舞香に渡した。

 舞香も受け取った瞬間に後ろへよろけたかと思うと俺のところへ自由変形ロボは戻ってきた。

 パントマイムじゃないのか?

 今度は豊美が自ら俺の自由変形ロボへ手を伸ばした。

 なんだ受け取るのかと思い俺は豊美がそのまま抱え込むとところを見ていた。突然、磁石の同じ極を向き合わせた時のように自由変形ロボが弾かれ俺のところへ戻ってきた。

「ふざけてる場合じゃないだろ」

「ふざけてないわよ。見ての通り他の人じゃあなたの自由変形ロボを抑えることもできないのよ」

「どういうことだよ」

「自由変形ロボは持ち主の死か破壊以外では持ち主のもとを離れないのよ」

「それは俺の体から外れればいいんじゃないのか?」

「違うわよ。海東さんが亡くなったからあんたが受け取れただけよ」

「じゃあ俺が死ぬか自由変形ロボが破壊されるまで俺は戦いを続けないといけないってことか?」

「そうよ。言ってなかった?」

 今となっては遠い記憶の中でかすかにそんなことを聞いていたように思う。

 いや、言われたからそう感じるだけで本当は聞いてなかったのではないか。しかし、確証はない。説明などなく俺は身につけていた。そのおかげで京樹はやってきたが俺は助かったのだ。あの時から選択肢はなかった。

「はあ。俺にも落ち度はありそうだしこうなったらできることをやるだけだな」

「その意気ね。でも、その顔、まだなにかあるの?」

「いや、雄太のことがさ……」

「雄太がどうしたのよ。偽名を使われてたこと?」

「それもそうだけど、別のことだよ」

 大切な友を失い、平和を取り戻したのだ。

 俺としては失った代償が大きすぎる。そのことを素直に伝えた。

「さ、メソメソしてる暇はないわよ」

 豊美は聞き流すように言った。

「相変わらず厳しいな」

「当たり前じゃない。雄太みたいなのは待ってくれないのよ」

「雄太みたいなのってなんだよ」

「そんなことしていても雄太は喜ばないと思うけどな」

「お前はあいつのなにを知ってるんだよ」

「知ってるわよ。ラボにいる間のことはあんたよりも長くね。だから、私が雄太なら少しでも強くなるために行動してほしいと思うな」

「そうかよ。でも休ませてくれよ。一応顔を出すけど、それが終わったらすぐ帰るからな。友を失って、昨日の今日で行動できるほど俺のメンタルは強くないんだよ」

「え? なに言ってるの? だれを失ったの? 初耳なんだけど」

 焦った様子の豊美。

 周りでは沙也加もまたオロオロしている。

 馬鹿にしてるのか?

「雄太だよ。お前たちの知ってる名前なら京樹だよ」

「雄太は生きてるよー」

 舞香は元気に言った。

「嘘だろ? 冗談だよな」

 ホッとした様子の沙也加も口を開いた。

「なに言ってるんですか。今は肉体的疲労で気を失ってるだけだと思いますから、そのうちケロッと回復して戻ってきますよ」

「は? 未完成品を使ったんだし、タイムリミットもあるんじゃないのかよ」

「うちには優秀な人が揃ってるんです。負担は大きいですし後遺症も残らないとは言えませんがすぐに命を落とすほど悪化はしませんよ」

「それに、今回の京樹の能力や使い方からすれば正規品が渡される日も近いと思うわ」

「本当か? でも、なんで気を失ってるだけってわかるんだよ。俺たちあのあと必死に帰ったけど、雄太は山に置きっぱなしにしてきただろ?」

 俺も豊美も沙也加も舞香も黒の男と紫の女との戦闘後は本当に余力がなく、全員で体を支え合ってなんとか家までたどり着いたのだ。

 雄太を連れて帰る余裕など微塵もなかった。

「それなら大丈夫よ」

 何気ないことのように豊美は言った。

「だからどうしてわかるんだよ。実は無事だったとか言い出すんじゃないだろうな」

「本人は動いてないけど、体は動いたはずよ。私たちの組織には事後処理を行う部隊があるの。きっとその人たちが回収してくれてるわ。強奪者だし、意外と戦えてたし、それに敵とのつながりもありそうだったし。みすみす手放すわけにはいかないものね」

 なんかまた知識不足で恥をかいた気がする。

「それじゃ、心配もなくなったでしょ。ラボに急ぐわよ」

「それはそれとして今日はもう休ませてくれよ」

「せっかく出てきたのになに言ってるの、時間はあっても減っていくだけのものよ。とっておくことはできないのよ。だから薫、今から行くのよ」

 久しぶりに豊美の口から聞いた俺の名前に虚をつかれ、俺の泣き言も聞かずに豊美は瞬時に俺の手を引いて駆け出した。

 いつもなら小言の一つも言っただろうが俺は言葉が出なかった。今日の豊美はつきものが落ちたように爽やかだった。

 上空から俺たちの再出発を祝うようにピューという鳴き声が聞こえた。

 俺の腰につけていたはずの白いベルトが俺の意図とは関係なく外れ、さらには姿を変え、突然鳥のようになって俺たちの周りを飛んでいる。

 豊美の身につけていた青いシュシュや舞香のオレンジの玉のついたゴムも沙也加の緑のカチューシャもいつの間にか外されていて様々な動物のような姿に変わり、俺たちのあとを走ったり、飛んだりしてついてくる。

「ね、自由変形でしょ?」

「ああ、本当だな」

 現実離れした事象を前に、俺は少し考えることをやめて身体能力の高い豊美に並ぼうとと引っ張られるだけでなく全速力で走り出した。

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学校の賞品としてもらったベルトは自由変形ロボでした 川野マグロ(マグローK) @magurok

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