第32話 逃走

 今聞いた豊美の言葉によると。

 俺の体は一時真っ黒に染まっていたそうだ。

 それがすべてマントに変わり元の白いスーツ姿に戻ったらしい。

 その間、俺とは反対に雄太の色は徐々に抜けていったことは俺も見ていた。

「雄太ぁ」

 俺は地面に横になった雄太に泣きついていた。

 黒の男の中身は俺の予想通り雄太だった。

 紫の女が残っているからか変身は解除されず涙は外へ流れ出ているわけではない。しかし、悲しさはたしかに俺の胸の中にあった。

「これじゃ、どっちが勝ったのかわからないな」

「俺は別に勝ちたかったんじゃない。たしかにベルトは取りたかった。でも、雄太がこんなになる必要は……」

「いい。俺のことはいいから。紫の女のもとへ行け」

「名前は教えてくれないのね」

「見当はついてるんだろう? 俺が曖昧なことを言うよりもその目で確かめた方が確実だ」

「そうね。行くわよ」

 俺の様子とは対照的に豊美は淡々と先を促してくるばかりだ。

「でも、雄太が……」

「いいから行くわよ」

 豊美は俺を立ち上がらせ紫の女がいる方向へと引っ張ってくる。

「そうだ。行け」

「また、今度は仲間として戦えるか?」

 俺は豊美に引きずられながら雄太に手を伸ばしながら言った。

「それは、難しい質問だな。確約できない」

 雄太はそんなことを遠い目をしながら、しかし、かすかにはにかみながら言っていた。

 俺は豊美に引っ張られ、来た道を走った。後ろ髪を引かれる思いで何度も振り返りながら。


 元の場所に戻ってくると豊美の予想通り沙也加は無事だった。

「その様子じゃ、坊やはやられたようね」

 俺たちの姿を確かめて紫の女は言った。

 舞香との能力の格闘の間、沙也加の攻撃を耐えきったのか紫の女の体はボロボロだった。しかし、立っていることが不思議な状態でなお倒れることはなかったようだ。

 攻撃を加えていたはずの肝心の沙也加の姿は見えない。

 沙也加の攻撃では足りなかったのか結界はまだ破られてはいなかった。

「お前。沙也加はどうした」

「そうやすやすとやられてたまるもんですか。あんな小娘ぐらいは片手間でも相手できるわ」

 話す余裕はあるようだ。

 よく見ると紫の女の足下に沙也加が倒れていた。

「でも、そうね。イケメン王国の一員に考えていた彼がやられたのならここは引き時かしら」

「なにいってんだ?」

「さあ?」

「おだまり!」

 結界が四散した。

 跡形もなくなった半球状の物体に未練もないのか俺たちに向けて手まで振ってくる始末だ。

「またね。少年。次があれば」

「逃げられる」

 紫の女は俺たちに背を向けて飛び上がると木々の上踏み台にして移動を始めた。

 わかってはいたが、まさかこんなに潔く、そして、仲間のはずの雄太も負けたとあっては置いて逃げるとは、舞香を待っていては駄目だ。間に合わない。

 なにかないか、なにかないか。

「なにかないの?」

 豊美は俺の両肩を掴んで揺らしてくる。豊美の能力ではたしかにどうしようもない。

 いまだに続いていた冴える頭は一つの思考を捕まえた。思いついたのは賭けの一手だ。確実な一手じゃない。しかし、豊美は俺が頼りとばかりに紫の女と俺を交互に見ている。

 走って行っても間に合わない。

「くそう! くらえ!」

 俺は紫の女が背を見せたことで初めて見えた一番輝く部分に雷撃を放つつもりで手のひらに力を込めた。とっさにできた先ほどとは距離も遠くターゲットも小さい。

 しかし、放たれた雷撃は今まで見たものとは比べ物にならないほど大きく、まるで本物の雷のように真っ直ぐ木々を焼き焦がしながら進んだ。

 だが、距離の問題か、雷撃は尻すぼみに小さくなり狙いが外され紫の女の頭に直撃した。

「あ!」

 思わず声が漏れた。

 当たったが、足止めはできなかった。

 紫の女はマスクでも威力を殺しきれなかったのか血を流しながらも速度を落とすことなく木々の中に姿を消した。

 幸いなことにマスクを破壊して顔を確かめることができた。

 あの顔は、真木。

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