第31話 2人と自分、ボロワー
山を進むと小高い場所に2人の人影があった。
一つは黒く、もう一つは紫。
予想通りの存在にも関わらず俺は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
呼吸も自然と浅くなる。
俺の背中に触れる感覚があった。優しくなでるような感覚に不思議と俺は平常心を取り戻していくのを感じた。
「大丈夫よ。いつも通りで」
「ありがとな。俺も気が動転するところだったぜ」
相手の顔を睨むようにすると、黒の男が演技でも始めるように両手を広げた。
「ようやく来たな! ……おい。お前もなにか言ったらどうだ」
黒の男は言った。
「話しかけないで! 今、敵が来てるの。これ以上集中を乱したらこの壁はなくなるわよ」
紫の女が言った。
「そうか。それは都合がいい」
仲違いしているのか紫の女は仮面の奥で黒の男を睨みつけているように見える。仲が悪いなら都合がいい。俺はあいつらを倒すために2度ほど動けなくなるほどには大変な努力をしてきたつもりだ。
変なことに巻き込まれるのは俺としては嫌いなつもりだったが、案外今の状況も悪くないと思っている自分がいる。
しかし、俺はそれが豊美や舞香や沙也加の存在から受けていると知っている。だから黒の男や紫の女を見過ごす理由はない。
「俺はお前たちを許さない! かゆいんだよ。腰回りが」
「知るか! 俺は正々堂々の戦いを望んでいる。堂々と来たからこいつは返してやる。ありがたく受け取れ」
黒の男は地面から人を1人持ち上げると俺たちへ向けて投げてきた。
俺は落下地点を予測し慌てて滑り込んで受けとめた。腕の中を見ると見覚えのある緑のフリルの多い姿の女の子だった。
「おい。沙也加! おい。しっかりしろ!」
「大丈夫だ。気を失っているだけで危害は加えていない。万一来なかった時の脅しとして用意しといたが必要なかったようだな」
沙也加は帰りが遅かったのではなく襲われ連れ去られていたのだ。
今までしょうもない理由でしか敵対していなかったが沙也加は俺の短い間でできた大切な仲間だ。それに俺は誤魔化しても誤魔化しきれなかったことも頭をよぎった。このベルトのせいで今日ここでこいつらを倒せなければ俺はどうにかなってしまう。できるだけ他のことを考えてきたが目前に迫るとどうしても意識の外に追いやるのは難しくなってきた。
だが、俺はタイムリミットへの恐怖以上に怒っているらしい。今までにない感覚だった。胸の奥が煮え繰り返るような感覚。意識せずともタイムリミットのことが思考の外へ流れ出る感覚。
「おい。仲間に手を出すとはどういうことだ」
「そんな口遊びの相手している暇はない。お前もわかっているだろう? 自由変形ロボのタイムリミットのことは、それに、いずれこの結界は破られるだろう。正々堂々とお前と戦える時間は限られている」
「こちらとしては数に物を言わせて戦いたいんだがな」
「ふっ。こちらが数で劣っていると思っているのか?」
「なに?」
ハッタリか、真実かはわからない。今は豊美が沙也加の様子を見て治療に当たっているため両組織の戦闘要員の実数を情報として事実確認をすることもできない。俺からしたら沙也加の容態がわからない以上は下手な口出しは事態を悪化させるだけだと思った。
「いいさ、どちらにしろここで売られた喧嘩を買うしかないらしい」
「わかったなら構わない」
黒の男は早速、地面を盛大に後方へ蹴り飛ばしながらこちらへ突撃してきた。
俺はとっさに横にかわした。
俺は黒の男が落下したことで土煙の舞ったところへ拳を突き出した。手応えあり。
勢いのあった攻撃にも関わらず黒の男は苦もなく立ち上がると俺の拳を受け止めていた。すかさずカウンターを狙ってくる。
俺もまた培ってきた回避力で攻撃をかわし、できるだけ豊美たちから距離をとることを意識して大きく遠のいた。
ここまで拳を交わしてわかったことは紫の女の結界で覆われたこの空間は薄暗く陽の光がないこと。そして、今の状況では黒は激しく見にくく、白は目立ちやすいということだった。
「フハハハハハ。どこを見ているこっちだこっち」
豊美を気にして取った距離が裏目に出た。木々により光を遮る空間へ誘いこまれ一層俺が黒の男を視認することを難しくしていた。しかし、不利になったからといって戻れる状況ではない。
「ぐあ」
声が漏れた。
背中からの一撃に振り向くも黒の男は俺の攻撃圏内から出ていた。
黒の男は動きが速い。
そしてなにより、一撃が今まで戦ってきただれよりも重い。
黒の男の能力が前回の戦闘ではまったくと言っていいほど引き出すことができなかったため、これが能力によるものなのかはたまた訓練によるものかもわからない。
「おいおい。戦いはまだ始まったばかりだぞ。俺をもっと楽しませろ」
俺の能力が身体能力向上でなかったら、一撃で地に伏していたかもしれない。まるで岩石で殴りつけられているような感覚だった。
そのくせ黒の男の動きはぎこちないわけでも遅いわけでもない。
デメリットを補うほどの肉体なのか、単に俺の能力の上位互換なのか。
「ふっ!」
攻撃だけでも恐ろしいのに黒の男の肉体は拳と同じく固く、今まで感じたことがないほど殴った俺が痛かった。
それは前に戦った時よりも固くなっている。
「今日まで戦いを長引かせたのはこの体に能力をなじませるためだ。お前のタイムリミットに近づけるのはほんの副産物にすぎない」
「くっ」
「距離をとってばかりでは俺には勝てないぞ」
黒の男の言う通りだ。そして、俺としても一撃を入れるために近づかないといけないのだが、そうすれば一撃をもらってしまう。
なにかないか。
俺は周囲を見回しながら黒の男から距離をとり、一気に突っ込んだ。
いつもより少し冴える気がする頭を上手く使うための準備として、俺は心拍を上げる目的で少し余計に動き攻撃をかわし距離をとった。
そのおかげか、マスクでくぐもっているが、黒の男の声をどこかで聞いたような気がすることに気がついた。しかし、これがなんのヒントになるのか知り合いということはそもそも知っているではないか。
「おいおいだんまりか。体力が高いのか知らないが、無駄な動きで疲れているんじゃないのか?」
煽るように余裕をかまして黒の男は俺との距離を詰め、的確に一撃を入れることを狙ってくる。
たしかに、先程から俺の回避がギリギリになってきている。動きが追いついていない。
「ああ。そうだ。体力が底をつきそうなんだ」
「そうだとしても、そんなこと言う必要はないだろう。お前は優しいんだな」
最近似たようなことを言われた記憶が。
友。
思い出した。あの喋り、あの声。間違いない。動きだって気にすればそうだ。
それに、両手。わざわざそんなことするだろうか。
あの異変はやはり副作用だろうか。
そして、俺の使えている力は。
「ふっ、ふふふ」
「なにがおかしい」
「いいや。やはりお前は俺の知り合いだろう?」
「今更なんだっていうんだ。だれだか見当もついていないんだろう?」
「つい先程まではな」
「気づいたのか?」
「お前は……」
「あぶない!」
豊美の声に緊急回避。俺のいたところに黒い影が長く残っていた。
少し経つと、そこにあった木々が跡形もなくなっていた。
「マジかよ……」
思わず声が漏れていた。
「ありがとな」
声の下方向にはたしかに豊美の姿があった。
「そんなこと言ってる場合じゃないわ」
俺に向けて力を使ってくれる豊美はどうやら沙也加の回復を終えたらしい。
そして、紫の女の様子から、病み上がりでも問題なしと判断して俺のところに駆けつけてくれたようだ。
こんないいやつを今まで気にもかけていなかったなんて俺はなんて節穴な目を持っているんだ。
しかし、今はそれどころではない。
「お前その見た目どうしたんだ?」
豊美の髪と目の色がシュシュと同じように青く変わっていた。
「これは、あとで。まだ黒の男は無事よ」
影が残るほどの速さで動いたからか少しの間止まっていた雄太は再び動き出していた。
豊美の変わった見た目を思考から振り払い。俺は雄太に向き直った。
「ちっ、厄介だな。治されるんじゃこっちが不利じゃないか。いや、仕方ない。こちらが悪なのだ。これくらいのハンデは飲み込んでやるさ」
その言葉が嘘でないように雄太は倒れた大木の一本を片腕で軽々持ち上げるとこちらへ向けて投げつけてきた。
動きが見えた瞬間に俺は豊美を抱えて横に飛んだ。
音が頭の後ろをかすめた。コンマ数秒の差でなんとか回避した。
変身後は丈夫とはいえあれに耐えられるかどうかはわからない。
「はは、豊美を置いていかない。やっぱりその様子だと薫だな。驚いたよ。まさか本当に変身者だったなんて」
「本当にって、どういうことだよ」
「対策は打ってたんだ。どうやら近くに歴代の血を引く者でなく適正者がいるって聞いて、学校のコンテストの賞品になっていることは俺でも知ってたから薫のベルトを切ったんだけど、まさか渡される前だったなんてね」
「ベルトは……」
「そうさ、俺がやった。意味なかったけどね。俺は基本ビビリなんだよ」
「おい。なんだよそれ」
「今更、俺が誰だかわかったところでなにになるっていうんだ?」
「なにかになるんだ。俺もなんなのかはわからない。でも俺の中ですべてが繋がったんだよ。そして、俺はお前を許す」
「許せば勝てると思ってるのか?」
少しは動揺するかと思ったが、言葉遣いにも態度にも大きな変化見られなかった。
これが未完成品の影響なのか、本人の肝っ玉の太さなのかはわからない。がしかし、それこそ意味のない思考だ。
「俺のベルトを切ったのはお前だな」
「そうだ! さっきも言ったように俺がやった。俺はお前を警戒していた。からな。コンテストの優勝者には渡されるという噂は聞いていた。まだ渡されていなかったのは想定外だったが丁度ついていけばそのタイミングだった。俺はついていた!」
「だが、俺に吹き飛ばされた」
自嘲するような笑いが聞こえた。
しかし、今油断することはできない。こうして言葉を交わすことも緊張の中相手への集中を途切らさせずにやっていることだ。
少しの油断が命取りだ。
「ああ、そうだ。よく覚えている。俺の方がロボの知識は長いはずだったんだがなぁ」
「知識だけなら俺の方が長い。それがお前を許す理由の一つだ」
「なにを言ってるんだ?」
「お前は覚えてないだろうがな」
その言葉になにか気づいたように豊美があっと声を漏らした。
俺は軽く過去の俺のロボによる戦いに居合わせたことを思い出した。隣にいたはずの俺の友は当時なにも覚えていなかった。
「だが、それがどうした。お前がロボをえたのはつい最近だろう?」
「簡単な話だ。後輩の面倒を見るのが先輩の役目だ」
「だれが後輩だ! まあいい。言葉遊びはこれくらいにしよう。俺の体力の回復でも待ってたのか?」
雄太は構え直した。
今だ。
俺は豊美を遠くへ突き飛ばした。豊美なら受け身をとれるだろう強さでできる限り遠くまで。
そして、雄太目がけて突っ込んだ。
「なにすんのよ……」
さすがの豊美も絶句するほどの状況を作り出すために。
雄太の周りにある木という木を焼き尽くし、岩という岩を砕き尽くした。
右手に残る熱さと左手に残るしびれ。
雄太もまた俺の目の前で立ち尽くしている。
俺は雄太と俺を囲むように炎で円形フィールドを形作った。
準備は整った。
「いい心がけ……」
じゃないか。そう言おうとしたのだろう。俺は雄太が言い終わるよりも早く手を広げた雄太に向かって地面を蹴った。
「なにっ」
不意を疲れたように言葉を漏らした雄太は隠すように右手を引っ込めようとする。
拳を当てることは難しい。しかし、問題はない。
「はっ、実力差を見誤ったか、力勝負とはいい度胸じゃないか。雷牙の力と同じならこの状況じゃ炎も雷も使えまい」
俺は雄太と取っ組み合いの状態に入った。
殴れずとも掴むことはできた。
雄太は得意な様子だがこれこそが俺の求めていたもの。
邪魔をできる限り排除し一対一の状況で取っ組み合いをすること。
「回復してもらったはずなのに押し負けてるじゃないか。大丈夫かぁ?」
俺は片膝をつき、今にものしかかられそうになっていた。
ふっ、と笑みが漏れる。
仮面の下だから雄太には見えていないだろうが、反射的に下を向いたことからなにかを悟ったらしい。
それが諦めでないことに気づいた雄太は今更手を振り切ろうとするがもう遅い。炎で囲んで置いたおかげで雄太の思考から飛び退くという選択肢もなくなっているようだ。
やはり今の俺は冴えている。
「ベルト! 俺の想像していることは実現できるんだろう? さあ、力を貸せ!」
俺は叫んだ。
心から腹から、出せる限りの大声を。
その声に雄太がひるむ様子は見えなかった。
しかし、力は弱まり、徐々に俺は雄太を押し返していった。
「薫の体が……」
豊美の悲痛な声が聞こえるが、これもまた予想していたことだ。
俺の体にも影響が出ていることだろう。
「薫。お前。いったいなにを」
雄太もまた俺の名を呼ぶ。
今は友として呼んだらしい。そこにさっきまでの荒々しさは感じられなかった。
「これが俺の真の力だ」
「三つ持ちだと?」
それが正確な名前かわからない。
そうこうしているうちに、徐々に押し返す力が、俺の体にもまた強くみなぎってくるのを感じた。
勢いは増し、形勢は逆転した。
「俺の能力は他人の能力を借りる力だ」
「俺には貸した自覚など……」
「雄太は俺の友だちだ」
理由はそれだけで十分だった。触れた人。それも親しい人ほど力を強く借りることができる。雷炎が思うように使えたことは意外だったが雄太から力を吸い取るように力を借りることができたことになにも抵抗はなかった。
雄太の体から色が抜け落ちた時、俺の背中からなにかが広がる感覚がした。
風によりたなびくそれはおそらくは布状のなにか。マントだろうか。胸が躍る不思議な高揚感があった。自然と口角が上がる。
「……かっこいい」
その声は豊美か雄太か、もしくは俺か。だれが言ったかわからない。俺はその言葉にさらに口角を上げ、ダイヤモンドのように光る雄太の右拳に向けて突き出した。
パキンとガラスが割れるような音がして視界が白く包まれた。
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