第30話 出発と壁
昨日は結局家まで豊美には追いつけなかった。
そして沙也加は家にいなかった。
連絡も取れず、ラボにも泊まっていないそうだ。
日をまたいでも家にもラボにもやって来ることはなかった。
沙也加のことは心配だが、今日は約束の日。
豊美に一撃入れ、雷牙を追い詰めた俺だ。
そんな支部トップ2だと俺が勝手に思っている2人と渡り合える俺が、ロボを渡される実力もなかった黒の男に負けるわけにはいかない。
ここ数日で得たちょっとした自信を胸に俺は家のドアを開けた。
「遅かったわね」
そして、閉めた。
どうしようか。まったくもって予想外の事態に俺は困惑していた。声を出さなかっただけ自分を褒めてやりたい。大きな成長をこんなところで感じるとは思いもしなかった。
果たし状が失くなっていたからおかしいとは思っていた。そして、だれかの企みだろうとは気づいていたが、しかし、まさかこんなデジャブのようなことのために?
「ふざけんじゃないわよ。あんた2度も女の子を待たせておいて2度ともその反応はないでしょ!」
「俺は待たせていた記憶はない。今日もこないだもお前が勝手に待ってて、それで俺がドアを閉めただけだろ」
「なら前回で学習しなさいよ!」
「なにをだよ。っていうか朝から玄関先で騒ぐなよ」
「ご、ごめんなさい。って違うわ。どうせ行くんでしょ」
「そうだよ。そのためにこうして家を出ようと、まさか、ここにきて止めるって言うのか?」
これまで止めても行くことを納得していたように見えたが俺を油断させるためだったとすれば納得もいく。それに所長の許可は必ずしも全員の同意ではないことを忘れてはいけない。
しかし、豊美は俺の言葉に首を横に振った。
俺は安心して息を吐いた。
実際、この場で、私を倒してからにしなさい。とか言われたらどうしようかと内心ゾワゾワしていた。
「どうせ止めても無駄でしょ。それに所長に許可もらったんでしょ。なら止める方が野暮ってもんだわ」
「ありがとう」
「果たし状は……」
「ああ、それなら大丈夫。俺、覚えてるから」
言いながら俺は裏山目指して家を出た。
「……そう」
少し残念そうに言うと豊美は俺の後ろをついてきた。
向かうは学校の裏山。
自然を地形にして戦うことは初めてだが訓練場ではそんな場所での戦闘も想定してきた。
まったくの初めてというわけではない。本物を体験していないだけだ。
しかし、今日、決戦が行われるという気持ちでいたのだが、町はいつもと変わらずなにも気づいていないように静かだった。
まるで先週の俺のように。
「それにしても、今日はやけに早いわね」
「ああ。俺は朝型なんだよ。相手が夜型なら多少有利だろうと思ったんだよ」
「なんかズルいわね」
「そうか? 元は時間の指定がないから一日が終わるギリギリに行って、気疲れしたところに戦いを挑むつもりだったんだけど、俺、夜は弱いんだよ」
「どっちにしてもズルい作戦なのがひどいわ」
「ひどいって言うなよ。俺のこと爆発させておいて、これくらいじゃ気がすまないってもんだ」
「それもそうね」
楽しそうにひとしきり笑うと豊美はどこか遠くを見るような目になった。
「今日みたいな日が続くといいのに」
「それって戦うってこと?」
「そんなわけないでしょ」と少し声をひそめて豊美は言った。
話の流れだとそう思ったのだが、俺は豊美の視線の先を見た。何気ない町並みしかないがいったいどこを見ているのだろうか。
「今日あんたが戦うことじゃなくて、この町の静けさ、平和。これが世界のどこでも当たり前のものになるといいなって、そう思ったのよ」
「なるさ」
「本当?」
子どものように目を輝かせて豊美は聞いてきた。
「いつかきっと。俺たちはそうしなきゃいけないんだ。たとえ不可能に限りなく近くても、やらなくちゃいけないことはあるんだ。すぐには無理でも世界は少しずついい方向へ進んでいる。だから、できると思うんだ。可能性があると信じなければ人は大抵行動しないからな。まあ、どれも俺の個人的な希望的観測だけどな」
少なくとも非正規のロボをすべて破壊しないといけない。
「ならまずは今日やることからね」
「ああ。まずは黒の男だ。そうじゃないと俺はいつまで経ってもベルトが取れない。そろそろベルトのとこがかゆくなってきたんだよ」
「いい話っぽかったのに台無しよ。なによ。結局は自分のこと?」
「そうだよ。俺のことだよ。なんだよ。世界のためじゃないのかって? それももちろん大切だけど、このベルトは大切なんだろ? なら俺は自分の命をむざむざ捨てたりしないよ」
「そりゃ、それはしちゃ駄目だけど」
「だろ? あとは黒の男を倒さないとベルトのタイムリミットも来るしな」
「でも、それとこれとは別でしょ? はあ、なんか損した気分」
俺たちはまるでただのお出かけに行くような雰囲気で目的地に向かっていた。
裏山に到着したが麓からでは黒の男がどこにいるのかわからず俺たちは頂上を目指して山を登っていた。
標高の高い山ではなく丘のように散歩で来る人も多いため普段着でも問題なく登れる。
登るための道も獣道になっていて迷うことはない。
夏の日の登る前の涼しさと木々の下のひんやりとした空気が肌をなでた。
「うお」
突然、背後に紫の壁が現れた。色味からして紫の女の力なのだろう。
そして、それと同時に俺たちは変身した。向こうも能力を使うために変身をしたということらしい。
「どうやらこちらに気づいたようね。やっぱり京樹とは知り合いなの?」
「うーん。その名前に聞き覚えはないんだけど、でも俺の家を襲ってきたわけだし、多分知ってると思うんだよな。少なくとも向こうは俺を知ってるんじゃないかな」
「そう。なににせよ知り合いだからって手を抜くんじゃないわよ」
「当たり前だ。俺だってさっきも言ったけど、さすがにベルトつけっぱなしは我慢の限界なんだよ」
「豊美! 薫!」
俺たちを追いかけて来ていたのか、背後から舞香の声が聞こえてきた。
「触るな!」
「うう、ううううう」
舞香はギリギリで立ち止まると紫の壁を睨みつけていた。
壁は見える限り半円状に山を包んでいた。
これが山の下まで球場に続いているのかはわからないが、とても大きいことはたしかだ。
舞香を止まらせたのも急に触ってなにが起こるかわからない以上、下手に触るのは得策ではないだろうと思ったからだ。
「ガルううううう」
舞香が犬のように低く唸っていると徐々に壁が薄くなり向こう側にいる舞香の姿が見えるようになってきた。
「やっぱりこの壁は紫の女能力のようね。舞香が働きかけてるみたい」
「あんなやつに負けない。薫、豊美。勝ってね」
「おう。でも、どうして舞香はここにいるんだ?」
「一応連絡しといたの。私としては間に合うことは期待してなかったけど、舞香はやっぱり紫の女ことが気がかりだったみたいね」
豊美としては舞香の早い到着に驚いているようだ。
俺としてもつゆほども知らなかったために大いに驚いている。
しかし、その早さも少し遅かったということか。
「紫の女の能力は舞香に任せる。俺たちは行くぞ」
「ええ」
「任されたー」
俺たちは先へ進んだ。
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