第29話 所長と優しさ

「ホホホ。よく来たの」

 扉を開けると同時に声が聞こえてきた。

 それはとてもしわがれた声。

 目の前の所長は髭を蓄えており、その髭に手ぐしをかけながら笑いかけてきた。

「はじめまして」

「よいよい。そのような暇はないじゃろう。単刀直入に言おう。黒の男との戦闘許可を出す」

「本当ですか? ってなんで知ってるんですか?」

「ワシにかかればたやすいことじゃ。ま、今回は豊美から直接話を聞いてあるだけじゃがな」

 本当に剣崎とそっくりな喋り方をする本物の所長は楽しそうに笑った。

「無理はしないようにな。今日の司令はカモフラージュみたいなものじゃ。明日の行動を自由にさせてやるためのな」

 やはり。

「ありがとうございます」

「よいよい。おそらくは君の学校の生徒というのも事実じゃろう。姿を変えるような能力を使われていると予想できる。そして、なんじゃ、君の力はおそらくはワシたちの知らぬものじゃが、その実態は薄々気づいているんじゃないか?」

「ええ。確信はないですが」

 この人はどこまで頭が回るのか。

 俺だって確信があるわけではない。所長は直接見たわけでもないのにいったいなにを手がかりに気づいたのだろうか。

「それでいい。今日のことの理由をわかってくれたならな。さ、今日はもう遅い。ゆっくりと休み、英気を養うといい」

「はい。そうします」

 俺がこたえると所長が手を差し出してきた。

 俺はなんとなく照れながら握り返した。

 そして、体と同じように小さな所長の手を握りながら、この人はいい人かもしれないと思った。

 もっと早くから色々なことで相談できていればきっと状況はよくなり、実力も高まっていた気がする。

「俺。実を言うと不安だったんです。海東さんが受け継いでいた自由変形ロボを受け取るのが俺でいいのかって。でも、子どもの頃見たことがまた見れるだけでなく俺が使えるってことで覚悟を決めました。憧れてただけの俺でもみんなのために力になれるのなら戦います」

「……」

「あれ?」

 無反応は予想してなかった。

 意を決して言った言葉だったがすべったみたいで恥ずかしい。

 どういうことか、なにかおかしなことを言ってしまったか?

「変なこと言ってたらせめて笑ってもらってもいいんですよ?」

「……」

 その場を取り繕うとするもまたも無反応。

 目の前の老人はピクリとも動かずにそのままの姿勢を維持している。

 まるで時が止まってしまったかのような静けさに心拍が上がるのを感じた。

「あのー?」

「ぐー」

 いびきが聞こえた。

「寝てるんかい!」

「やっほー」

 俺のツッコミを聞いてか助手が入ってきた。

 薄暗いから目が開いてるのかすら気がつかなかったが、廊下の光が入ると所長はもうすでに目を瞑り眠っているらしいことがわかった。

 俺は呑気な思考を切り替え入ってきた剣崎に向き直った。

「いつから聞いてた?」

「俺。実を言うと……」

「わああああああああああ」

 俺が突然叫んだことに目を丸くした2人が助手の後ろにいた。

 きっと今までで一番顔が真っ赤になっていただろう。


「まったく、気が狂ったのかと思ったわ」

 心配するように豊美が言った。

 その顔には未だに不安の色が残っていた。

 そう言う豊美だって突然叫んだりしたことがあったが実際にやってしまうとなにも言い返せない。

「すみません」

 俺としては言い訳もできない。

 あれから少し剣崎と話し、今では帰路についていた。

 剣崎の話によると所長は自分の話を終えると寝るか自分のやりたいことを始める人間らしい。

 そんなことは先に言って欲しかったが、過ぎたものは仕方ない。目を泳がせて「忘れちゃったのじゃ。てへ」とかなんとか言っていたから許しておこうと思う。

「しかし、あれだな。結局沙也加来なかったな?」

 いつまでも俺のことを話題にしてクスクス笑う2人の話をそらすつもりで俺は言った。

「沙也加なら心配しなくても大丈夫よ。それにもしかしたらもう家にいるかもしれないし、そうじゃなかったらラボに泊まってくるでしょ」

「いや心配してるってわけじゃ……おい。泊まってくるってどういうことだよ」

「別にー」

 豊美は一瞬動きを止めると目をそらした。

 俺は聞き捨てならないことが聞こえ真剣な顔して見つめると、豊美は目を合わせようとせず少し先を歩き出した。下手な口笛まで吹きながらごまかそうとしているようだ。

 都合が悪くなるといつもこれだ。

「豊美ひどいよー素直に言えばいいのだーあたしたちは1人は薫の監視で他はじむぐーうー」

「おい。やめろよ豊美。小さい子をいじめるな」

「いじめてない!」

 突然叫んだことで周囲の目が豊美に集まった。

 大声を出しただけだが人の目が集まることに慣れていないのか、豊美はたじろいている。

「それに大切なことを言おうとしてただろ。なにか隠しごとのために口をふさいでるんじゃないだろうな」

 もうすでに周囲は、なんだ、ただの仲良しか。といった様子で俺たちのやりとりに興味を失ったようだったが、世間知らずの豊美はどうも勘違いしてくれたらしい。真剣な表情で青ざめたまま舞香から手を離した。

「ぷはっ。他は自由行動なのだー。あたしは薫が好きだから好きで一緒にいるのだー」

「そ、そりゃどうも。おい。やっぱり聞いておいてよかった。てことは3人でぞろぞろと家に泊まり込む必要なかったじゃないか」

「そ、そうだけど?」

「ほら、舞香は正直に白状したぞ。なんで豊美は俺の家にいたんだよ」

「いたんだよー」

「うう」

 すると、途端に涙目になる豊美。

 今の状況でしおらしい態度になるのは豊美らしくもないが俺を動揺させるには十分だった。

「おい。やめろよ。そんな顔はズルいだろ。俺が悪いみたいじゃないか」

「薫が泣かせたー」

「違う。俺はいじめられてる方だ」

「いじめられてるのに泣かせたー」

「そうだよ。なんでいじめられてるのに泣かせてるんだよ」

 俺と舞香のやり取りに豊美は急に元気を取り戻したようにクスクスと笑い出した。

「なんだよ。驚かせるなよ。で、どうなんだよ」

 俺としては豊美はここで黙り込んだり、答えなかったりするイメージではなく、強気に「いたら悪い?」と言うか、「あんたに言う必要ないでしょ」とか言ってきたりしそうなのだが、

「それは、ナイショ」

 豊美は人差し指を口元に当てて笑みを浮かべると駆け足気味に歩き出した。

「おい。待てよ。なんだよそれ」

「待てよー」

 置いて行かれまいとついて行く俺と舞香を尻目に、またクスクスと笑いながら楽しそうに駆けている豊美がいた。

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