第28話 タイミングとストップ

 仮にも俺よりもロボを使い慣れている雷牙は俺の動きの先をいき始めた。

 手のひらの方向をそらし、口を閉じさせることにも失敗し始め。俺は一度距離をとった。

「逃げてばかりじゃ勝てないぜ!」

 俺の様子を防戦一方と判断したのか能力を惜しげもなく放つようになった雷牙が叫んだ。

 最初のぶつかり合いは単に今の俺の実力を測るためのものだったのか雷牙の動きのキレがよくなった。

 そのうえ細いながらも指の先からも炎や雷を放ってきた。

「ちっ。ちょこまかと」

 俺だってあの熱いのはくらいたくない。

「はっ」

 少し後ろを雷が通った。

 このままでは当たってしまう。

 俺はさらに距離をとって観察に徹した。

 雷。炎。雷。炎。

 長く太い線と細く短い線。

 どうやら使い方によって射程や威力に違いがあるらしい。

 見えた。

 俺はテンポに気づいた。

「くっ、どうしてだ。距離を詰められてる!」

 どうやら雷牙はまだ気づいていないらしい。雷牙は能力を出し続けられないのだ。その証拠に雷と炎が交互に使われ、一定時間出したあとに一瞬の間なにも出ていない瞬間が見える。

 俺の能力が身体能力向上でなかったら見抜けなかったのではないだろうか。そして、見抜けても一瞬の間に距離を詰め、かわし続けることは能力無くして困難なはずだ。

 俺は一足で拳を当てられる一まで距離を詰めると。雷牙のふところへ飛び込んだ。

「馬鹿め。誘い込まれてるんだよ! 能力への無知は経験の差だな!」

 そうして嬉々としてさけぶ雷牙。

「うおおおおおおおおおお」

 雷牙は先ほどよりも声を荒らげ、放たれた炎には雷が混ざり威力が目に見えて増していた。

「うおおおおおおおおおおおおおおお」

 俺も負けじと叫んだ。体が焼けるような熱さの雷炎の中、喉がはちきれんほど全力で叫び、そして、祈った。弱まれ!

 じりじりとスーツの中の体から汗が噴き出す。

 それでも俺は前進をやめずに祈り、進み続ける。

 俺の祈りが届いてか、俺の気力によってか少しずつ少しずつ炎と雷が雷牙に近づいていく。

「馬鹿な。何故だ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 そのまま一歩また一歩と俺は前へ進んだ。

 雷牙の雷炎を少しずつ押し返すように両手を突き出して進んでいる。

 そう。押している感覚がある。直接触られないにもかかわらず手にはその炎と雷を押す感触があった。

「はあああああ!」

 俺は熱くしびれる空間の中で叫んだ。

 迫る人影。

 雷炎の中で雷牙のシルエットがやっと視界に現れた。

「なにっ」

 雷牙の小さな悲鳴が聞こえた。

 驚きで見開かれた目に俺はマスクによって隠れていて見えないだろうが笑みを浮かべた。

 突き破った。

 そう。あの俺を一撃で倒した攻撃であり、盾でもあったあの雷炎を。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 俺は気合を入れて最後とばかりに叫び、拳を突き出そうとした。

 その時だった。

「そこまでじゃ!」

「「「所長!?」」」

 みなが口々に叫んだ。

 俺と雷牙も動きを止めていた。

 雷炎に包まれていたはずの視界は開けていた。

 試合を中断した声の方を見ると、たしかに剣崎の姿があった。表向きには彼女が所長ということになっていたはずだ。

「なにしてるんじゃ?」

「なにって、特訓ですよ。所長。な」

 そんな今までとは打って変わって親しげな雰囲気の雷牙に俺は目を丸くしながらおとなしくうなずく。

 雷牙はいったいどうしたんだ?

「そうか。特訓を中断させてしまってすまなかったの。しかし、元気なのはいいことだが今は大変な時期なので許してほしいのじゃ」

「全然問題ありませんよ。な」

「はい!」

「ならよかったわ。訓練場にいる者はちと集まれい」

 剣崎の言葉で訓練場のドアから待ってましたとばかりにぞろぞろと人が入ってきた。どの人も似たような白衣に身を包んだここの研究員と思しき人たちだった。

 こんなに人がいたのかと思いながら俺と雷牙は剣崎のいる場所に向けて歩き出した。

「残念だったが今回は引き分けだな。またの機会を期待してるぜ」

 雷牙はかっこつけながら言ってきた。

 剣崎の一件に乗じて今回のことをなかったことにしようという魂胆か。

「おい。待て、今回は俺の勝ちだっただろう。なんてったって……」

「わかった。だが、その話はあとでな。今は所長の話のが先だ」

 雷牙は大人みたいな対応で俺の言葉を受け流した。

 おい。これだと俺が子どもっぽいみたいじゃないか。

 戦う前までは無理を強いてきていた気がしたのだが、どういう風の吹き回しだろうか。

 俺は仕方なく、静かにして剣崎のもとへと駆け足で向かった。

「……押し返された気がしたんだよなぁ」

 そんなことを雷牙が言っていたような気がした。


「さて、集まってもらったのは他でもない。黒の男の動向についてわかったことがあるのじゃ」

 おお。と周囲はどよめいた。

 俺はなにがわかったのだろうかと話の続きが気になった。明日戦う予定の俺としても知っておきたい。

 期待に満ちた目で見ていると剣崎の視線は俺に向いた。

 それにつられるようにしてこの場にいるみなが俺の方を向いた。

「な、なんですか」

「薫。君が今回のキーパーソンじゃ」

「俺? いやまあ、はたむぐ」

 突然豊美が苦笑いを浮かべながら俺の口を抑えてくる。

 俺が睨みつけると豊美はみなからは俺の顔が見えないように肩を組むと後ろを向かせてきた。

「ふんふぁふぉ」

「なぜか雷牙たちにはばれてたけど一応全体には果たし状のこと秘密にしておいてあげてるんだから、簡単に喋ろうとするんじゃないわよ」

 怒っているのか口を抑える力が強い豊美。俺はさすがに呼吸が苦しくなり腕にトントンと手をぶつける。

「悪かったよ」

 小声でやり取りしてから、やれやれといった様子で剣崎は咳払いをした。

「まあ、知っての通り、彼はロボを身につけた直後に黒の男に襲われておる。つまりは彼は黒の男と知り合いである可能性が高いのじゃが、その人物。京樹と知り合いと考えるのは少し不可思議なのじゃ」

「そうですよ。私と薫は同じクラスですから。近くにいたら気づきますよ」

「そういうことじゃ。つまりは豊美たちの見ていないだれか。ということになるわけじゃ」

「つまりどういうことですか?」

「調査を頼みたいのじゃ」

 剣崎の話によるとクラスメイトに探りを入れろということだった。

 俺としてはわざわざ休日を前にして気づくことでも頼むことでもない気がするのだが、剣崎は堂々とそれだけを伝えてきた。

「それと、みな。薫に触っておけ。これが後々大切になってくる」

「なんですかそれ。おかしいですよ。俺は別に神様とか、御神体とかそんなんじゃないですよ。触っても幸福もなにも得られませんよ」

「まあ、そんなことはどうでもいいのじゃ」

 俺の言い分を誰一人聞くことなくペタペタと触ってくるラボの面々。

「おい。だれだ。俺の尻触ったの」

 時に変なところを触られながらも全員が俺の体をどこかしら触ったようだった。

 その間、剣崎が俺にウィンクをしてきたのが印象的だった。これは剣崎が俺に触りたかっただけなのだろうか。

「よし、今日はゆっくり休むのじゃ。解散」

 全員が触ったらしいことを確認すると集団は散り散りになった。

 そうして俺たちは別れた。


「ああ、疲れた」

「もう少しで決定的に勝ちだったのにね」

「次は勝てるよ。お兄」

 なぜか俺以上に闘争心むき出しの2人。

 喧嘩を買うことといいそんなに雷牙が嫌いなのか。俺としては少し見直すこともあったというか。

 しかし、俺としても勝敗がつけられなかったことは悔しい。剣崎としては大事な連絡だったのだろうと考えると今回ばかりは仕方ない。

「今回あそこまで追い詰められたんだ。次はいけるさ」

「その意気よ。あの雷牙には一発入れてやらないと気がすまないわ」

「お兄頑張れー」

「おう」

「盛り上がってるとこ悪いのじゃが」

 おそるおそるといった感じで、打倒雷牙に盛り上がっている俺たちのもとに剣崎が再びやってきた。

「さっきからタイミングが悪すぎるんですけどわざとですか?」

「違うわ! なに勝手に帰ろうとしておるのじゃ。さっきのサインが気づかなかったのか?」

「サイン?」

「ウィンクしたじゃろ」

「ああ」

 たしかにしていた。やけに多く、それも俺以外の人にも気づかれるレベルで何度もしていた。

「あれですよね? 俺のこと好きなんですよね。もしくは俺に触れてよかったってことですよね」

 なに? と言った様子で構える豊美と舞香。

「違う違う。誤解じゃ。そんなわけなかろう。残ってくれという合図じゃ」

 焦ったように否定する剣崎。

「怪しいわ。本当かしら」

「お兄をどうする気ー?」

「舞香。所長にも洗脳を……」

「やめい。本当じゃて」

 そこで剣崎は身をかがめた。

「……本人が話したいそうじゃ」

 剣崎は俺たちだけに聞こえるように声をひそめて言った。

 口元も見られたくないのか研究員たちがいる方からは見えないように隠して言ってきた。

 この距離なら見られてもなにを言っているかわからなそうだが。

 俺はため息をついた。

 どうやら大事な話ってのはこれからが本番だったらしい。

 先程は全員が内心でなにを今更と思っていただろうが裏での話を進めるためのフェイクということだろうか。

 あからさますぎる気もするが所長にも心の準備が必要なのか。

「わかりましたよ」

「そうと決まれば、行くわよ」

「おっと。2人はワシと待っておれ」

「ええー」

「遊んでやるから」

「やったー」

「じゃ、すぐ行ってくるから」

 俺は豊美たちと助手を残して書庫を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る