第27話 部活と客

 金曜日。

 いいことは続く。舞香のファンは今日もやってくることはなかった。

 実質雷牙がファンのようなものだからもう襲撃を受けたようなものだ。

 まあ、舞香としては複雑だろうが話していないからショックを受けることはないだろう。

 しかし、それとは別でさすがに少しショックを受けていた。

 今日も裕也は先に帰ってしまったらしい。

 なんかこう。いつも寄ってきていたやつが来なくなると気になってしまうのはどうしてだろうか。

 これが俗に言うギャップってやつかもしれない。

 なににしても、たとえ今日も舞香の刺客が来なかったからと言って、もう大丈夫とか言えるような状況じゃないのが悲しい。

 またいずれ一緒に帰れる時はくるだろう。

 雄太の帰りは今日も早く、気づくと教室から姿が消えていた。

「あれ?」

 豊美までいつの間にか教室からいなくなっていた。

 俺は少し慌てて待ち合わせ場所に行った。豊美も舞香もすでにいたが沙也加の姿がなかった。

 教室を出る時に時計を見た限りでは全員がもう集まっていてもおかしくない時間だった。

「沙也加は?」

「部活だって」

「部活? ああ、そういえば学校的には入らなきゃだったな」

「そういうあんたはいっつも部活行ってないみたいだけど?」

「それは、俺だって部活はあるがそんなこと言ってられる状況じゃないだろ? 俺は悲しいことに頭のおかしい子で有名になった時期があったから言葉を選ぶと心配して許可してくれるんだよ」

「そう……事実なんだけどね……」

 気を使うように言う豊美。

「憂いを帯びるな俺が虚しくなってくるわ」

「そうね。私が気にすることじゃないわね」

 そうだった。豊美は心配していることを装ってひっかけてくるようなやつだった。

 俺はひきつる頬にあえて力を入れて脱力し自分から話をそらすために口を開いた。

「舞香は?」

「舞香はサボってきてるー」

「なるほど、でお前は?」

「私は幽霊よ」

「え? 能力? 治癒じゃなかったのか?」

「違うわよ! 幽霊部員ってことで席だけ置かせてもらってるの」

「そうか。じゃ、沙也加は真面目なのか」

「そうね。ま、沙也加なら1人でも大丈夫でしょ。先行ってましょ」

「おう」

 俺もそろそろ顔を出した方がいいだろうか、と思いながらも学校を振り返ることなく歩を進めた。


「おう。待ってたぞ」

 ラボに着くといきなり話しかけられた。

「どなたですか?」

「俺だよ。雷牙だよ」

 雷牙は言った。

 そこには久しい顔があった。

「ああ」

 俺は少しとぼけた様子で言った。

「ああ。じゃないわ」

「で、その雷牙さんがなにか用?」

「なにか用? じゃないわ。そろそろ再戦を申し込んでくる頃かと思ってな」

「丁度いいじゃない。今こそ返り討ちにしてやりなさい」

「やっちゃえ、お兄」

「いや、待て待て」

 勝手に盛り上がる2人に俺が止めの声を立てる。

「なに勝手に盛り上がってんだよ。俺だって別に暇じゃないんだ。雷牙の相手はしてられないよ」

「おい。どういうことだ?」

「だから、俺は忙しいの」

「その言い方だと俺が暇みたいじゃないか」

「違うのか?」

「違うわ!」

 荒れ狂う雷牙を抑える下っ端のような2人。

 雷牙は2人に腕を掴まれおとなしくさせられている。

「雷牙さんはな。鳥川がサンドバッグ倒して、榎並に一撃入れるの待ってたんすよ。相手してやってくださいよ」

 雷牙の右腕を掴んでいる男が言った。

「でも、雷牙が勝ったじゃん。俺から再戦を申し込むのは話の流れとしてわかるけど、どうしてわざわざそっちから来たのさ」

「それは、あんさん。果たし状が出されてるのでやんしょ? 豊美から聞きやしたよ。だから、京樹との戦いの前に俺と戦って、勝ってからにしろ! っていう忠告っすよ」

 雷牙の左腕を掴んでいる男が言った。

「おい。勝手にペラペラ喋ってんじゃねぇ!」

 雷牙は2人の言葉でさらに激昂した。

「そうか。雷牙って意外といいやつだな」

「褒めるつもりなら意外とって言うな。言葉が多いんだよ。俺はあくまで舞香を取り戻すために正々堂々と戦う条件を整えてからだと思っただけだ!」

「はいはい。わかったわかった。相手してやるよ。そのつもりで特訓もしてきたんだ。さっきのは冗談だよ」

「おま……」

「それにしても、舞香。本当にアイツのこと嫌いなの?」

 俺は口を挟ませないで舞香に雷牙を指差して問う。

「うん」

 屈託ない表情で舞香は当たり前のことを言うように言い。うなずいた。

「ほへーーー舞香ぁそりゃあないよー」

 先程までの雰囲気のない情けない声で雷牙は言った。

「ショック受けてるけど?」

「知らない」

「そんなーいや、これはあれだな、激戦の前の精神攻撃だな。いいだろう。受けて立ってやる」

 俺から挑戦した覚えは少しもないが、相手がやる気を出し、俺の周りも勝手にやる気出している。受けると言った以上は仕方がない。

 俺は流れに身を任せるタイプでもある。

 ここに来て雷牙の印象が変わるとは思っていなかったが。


 場所はいつもの訓練場。

 この場所に来るのも慣れてきた。

 場所だって少しはわかるようになってきた。壁になにか模様さえあれば、せめてドアが外から見てもわかるようなら迷わずに入り口から来られるだろう。

 今日は沙也加の応援はないがそれだって豊美と舞香の2人の応援はあるってことだ。

 雷牙が面白い下っ端を2人連れていることを知れただけでも俺としては収穫だ。

「俺はいつでもいいぜぇ」

 今回の雷牙は前回とは違い身につけている鉢巻きが長かった。気合によるものかその長さは腰の長さまで伸び、重力が機能していないのかゆらゆらと風でも受けているように動いていた。服装も俺と同じくスーツだったはずが柔道着のような見た目になっている。

 姿勢は前と同じように野生的な構えをした雷牙に対して俺も構えた。

 カンッ、と聞き慣れた音が鳴る。

 今度もまた豊美たちとの戦闘で学習したように、いきなり一撃で決めるようなことはせず、まずは様子見。そして、拳をぶつけ合う。

 どうやら今回は雷牙もいきなり能力を使ってくることはないらしく、豊美たちとの訓練の時とはルールも違い俺が拳をぶつけたところで勝ちにはならない。

「お前、戦い方が変わったか?」

 少し驚いたように雷牙は言った。

「俺だって学習するさ」

 拳の重さはたしかに豊美よりは重い。

 しかし、動きはその分遅い。

 ボッと音を立てながら放たれる炎、そして雷。それらのリーチは長く、いつ出てくるかもわからない。

 場所は前回と同じく手のひらと口。手のひらをこちらへ向けさせずあごを閉じさせれば能力は封じたも同じこと。

 的確にさばいて今のところ使用させたのは一回限り、しかし封じるのはこれが続けばの話だ。

 豊美は肉体だけで戦っていたが雷牙はその必要はないのだ。そう。雷牙は能力もまた戦闘用。

 だがメリットだけではない。能力の使用を前提とする代わりに生身の戦闘の洗練さは豊美に劣る。

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