遠く光輝く君へ

イエスあいこす

遠く光輝く君へ

視界は淀んでいない。

僕の瞳は淀みなくこの真っ黒な空間を映し出している。

世界は壊れてなんていない。

僕を閉じ込めるのがこの世界の在り方であり役割、存在意義。

世界はキチンと役目を全うしている。

だってこの世界でもう……どれくらい前からここにいたっけ?

それを思い出せなくなる程度に長い時間。まあ短めに見積もって千年も前にはここにいたと思う。

そんなのちょっとすれば脱水で死ぬだろと思われそうだし普通そうだ。

けど不思議なことに喉が飲み物を欲する事はない。

しかもお腹が減ることもないし老いる訳でもないからいよいよ死ぬことがない。

自殺は、できない。

なんでかは知らないけど、しちゃいけない気がした。

最初はハッキリ理由があった気がするけど、もう何も覚えてない。

僕がここに閉じ込められる前のことで覚えてる事と言えば、僕を大切に想ってくれてた女の子の……女の子の……

あれ?

おかしいな、つい十年くらい前にこの人のことを考えたと思うんだけど。

年はいくつだったっけ?

そもそも女の子だっけ?

顔は?声は?思い出は?

分からない分からない分からない。

何も思い出せない。

自分の顔や声を忘れても、それだけは忘れなかったのに。

……あれ?おかしいな。

自分の手足と体以外のものなんて、何百年ぶりに見ただろう。

これの名前は、確かそう、涙。

なんで僕は、涙を流してるんだろう。


「あああ……」


声を出したのもいつぶりか。

僕って、こんな声だったんだ。

こんなうめき声じゃなくて、もっとこう歌ってる声とかで思い出したかったなぁ。

ただ、それにしてもどうしてだろう。

もう僕は覚えてないんだ。

他人も同然、関係はないに等しい。

じゃあなんでこんなに胸が痛む?苦しくなる?

そんなに大切な人だったんだろうか?

だとしても、千年は経ってる今でもこんなになるなんて相当だ。

どれだけ好きだったんだ、その人の事。

そう思いながら記憶を漁ってみる。

でも探せど探せどその人との記憶は思い出せない。

無意識に拳をグッと握り締める。

自分を傷つけたくて仕方がない。

心は僕自身を責める感情で溢れている。

これが怒りというやつだろうか。

多分そうだ。

その人の事を思い出せない僕に対して僕が憎悪の念を抱いてる、怒ってる。

彼女のどこがそんなに好きなのかも分からないくせに。

いや、分からないから怒ってるのにそれは的外れかもしれない。

ここにいて最低でも千年。一万年とか経ってると言われたって不思議には思わない。

一億は……流石にびっくりするかも。

でも僕は初めて、本当に初めてこう思った。

元々は、何も覚えてないから思わなかったけど。

今、ようやく思った。


「……帰りたいな、元の世界」

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