第六話 野草料理

「んあ…?」


 ウタの、ご飯が出来たことを知らせる呼び声で目を覚ますと、いつの間にやらH21を枕にして眠ってしまっていたことに気がついた。

 夢を見ていたような気がする。


 私は、「今行く!」と大きくだけ返事を返すと、涙が出ていないか確認してからウタの元へ戻った。涙のあとはなかった。


「何してたの?」


 頽廃たいはい的な景色をした駅に戻ると、ウタが聞いてきた。悪気は一切ないのだろうけど、そのことについては言及げんきゅうしないでおいてほしい。


「なんでもない」


 ぶっきらぼうにそう答えて、ウタの視線から外れるように顔を伏せる。なんとなく、夢でこんな光景を見たような気がした。

 デジャブ、というやつだろうか。

 そんな私の気持ちを察したのか、ウタはこれ以上言及することもなく、「ならいいけど」とだけ言ってお弁当の料理の方へと向かった。


「じゃーん!春の野草炒め!ちょこんと乗せたタンポポの葉っぱが可愛いでしょ」


 お弁当に手を伸ばして、ピンスポットライトのようにしたウタが、自作の手料理をアピールしてくる。そうしたアピールにも、見覚えがあった。

 肝心の料理の方は、と見ると、確かにウタの言う通り、野草の緑にちょこんと盛り付けられたワンポイントのタンポポの花の黄色がなんとも可愛らしい。


「可愛いね」

「それと、こっちが野草のおひたし!と、きんぴら!味付けはいじれないけど、多分美味しい……と思うよ」


 野草の炒めものの横には、シリコン製の洗えるアソートに入れられた、ほうれん草のおひたしのようなものが詰められていた。それにも可愛らしくタンポポの花の花弁が添えられている。

 あの道端に生えていた雑草たちが、こうして一つの料理として振る舞われるというのは、なかなか感慨深いものがあった。


「では、いただきます」

「いただきます」


 元気よく合掌がっしょうして、食事の挨拶をするウタにならって私も手を合わせる。

 先に食事の挨拶を済ませたのに、まだ口をつけていないのは私の反応が気になって仕方がないからだろうか。

 それならば、と私はまず野草の炒めものを口に運ぶ。

 箸につままれたのはゴボウのような根っこだ。

 一口齧ると、ゴリっとした歯応えで、見た目のままゴボウのよう。雑草特有の臭みは勿論あるのだけれど、普通に美味しい。


「それはタンポポの根っこだね。ほら、私が入れてた。ゴボウみたいな味がするでしょ?」


 ウタが嬉しそうに聞いてくるのを、口の中のタンポポの根っこを咀嚼そしゃくしたまま、こくこくと首を縦に振った。

 今度はおひたしだ。

 こちらはホウレンソウのおひたしのようで食感が良い。もう少し味付けできたのであれば、醤油やら鰹節やらをまぶしてやればもっと美味しくなるに違いない。残念ながら、それはできないのだけれど。


「そっちはギシギシで、それはツクシのきんぴらだね。ツクシは本当だったら天ぷらにするのが一番美味しいんだけど、きんぴらも悪くはないでしょ?」


 そんな感じで、私が箸で摘んでは口に運ぶ度に、食材の説明がなされる。その都度、私は初めて食べる未知の味に舌鼓したつづみを打っていった。

 と、そこで気がついたがウタのお弁当は一向に減っていない。


「ウタは――」


 食べないの?と続けようとして、被せるように言ってきたウタに遮られてしまった。


「私は……、トワがいないと、ダメ……だよ?」


 唐突にそんなことを言うものだから私には理解ができない。するとウタは恥ずかしそうに頬を染めて、伏し目がちに続けて言った。


「トワが興味津々な目で見つめるもんだから私、つい調子に乗っちゃってた。私、今かっこいいんだーって」


 そこまで聞いて、私はウタが何を言わんとしているのかを理解することができた。

 私が無言で去って行ってしまったことで罪悪感を覚えて、それを謝ろうとしているのだ。本当は、意地っ張りな私の身勝手な思い違いからきたみにくい被害妄想だというのに。


「だから……、その、私はウタがいないとてんでダメなわけで……」


 両の人差し指をくにくにやっている彼女を見ていたら、罪悪感と共に後ろめたさを覚えて、ウタがまだ謝罪の続きをしようとしているのを遮って言った。

 これ以上ウタに不必要な謝罪をさせるわけにはいかない。


「違うよ。私が単純に僻んじゃってただけ。頭が良くて、色んなことを知ってるウタに、何もできない自分の劣等を見せつけられているような気がして勝手に被害妄想に走ってただけ。本当は、自分が劣っていることを自覚したくなくて目を背けていただけなんだよ」


 するすらと、自分の抱えていたモヤモヤの正体を明かしていくうちに、胸にのしかかっていた重石が軽くなっていくように感じた。

 まるで、吐き出した言葉が柔らかいオーブとなって、胸に吸い込まれて行くように。


「ウタは悪くないよ。寧ろ、何もできなくてごめんね」


 最後に一番伝えたかったことを吐き出して、胸に落ちていた重石は取っ払われた。

 そう、要するに私は自分がウタの役に立てなかったことが、その自分の不甲斐なさが悔しかったのだ。


「何もできないなんてことはないよ!寧ろトワがいなかったら私、タイムマシンがこの世界に不時着した時点で死のうとしてたはずだもん!」

「私も」


 そう言うと、二人一緒になって笑い出した。


 それから、楽しいお昼の時間を再開する。

 次々と口に運んでは消えていく野草のオンパレードは、味気なさが微妙に残って、バラバラな味で個性を出し合った結果、野草特有の雑味があって、それでも美味しくて、なんだか私たちの関係を反映しているように感じられた。

 少し味気ない関係性で、お互いがお互いにない個性を持っていて、それは私たちにとってはわずらわしく感じるのだけれども、それでもお互いに求めあって、互いに相手を必要している。そういう奇跡的な調和で私たちはやっぱり一番の友達同士なのだ。

 ふと電車の方に目を向けると、私の悩みを黙って聞いてくれたH21が、私のことを見守っていた。

 壊れた電車は、私をウタの元へ運んでくれた。ウタにちゃんと謝る勇気をくれた。

 あの夢は、H21の或いは、この錆び鉄道の過去だったのかもしれない。

 そんな非科学的なことがあるわけ……とも思うが、よくわからないことは考えるだけ無駄なのだ。そこにあるものが現実なのだから。

 

 食べ終わって空になったお弁当の容器には、シリコンアソートがその身に書かれた文字だけを残していた。

『正直に想いを伝えると吉』

 全くもってその通りだ。

 お母さん御用達ごようたしの恋愛占いつきシリコンアソートの、前にも見たような胡散うさん臭い恋愛文句だけど。


「「ごちそうさまでした」」


 二人同時に食事の締めの挨拶をして手を合わせる。私たちの膝の上にはお互いシリコンアソートだけの乗った空のお弁当箱が残っていた。


「ふー、お腹いっぱい……とは言えないけど、美味しかった」


 ウタが、ない腹をさすってそう零す。


「取り敢えず、これで午後は凌げるね」


 空になったお弁当箱に『無限水源器』の水を流し入れて軽くゆすいで手でゴシゴシ擦る。洗剤はないのでこれで我慢だ。同じことしか言わないシリコンアソートもあわせて洗う。今度からこれを見たら今日のことを思い出そうと心の中で静かに誓った。

 少し乾かして、その間に一服つく。調理器具の洗い物を済ましたウタも隣に座って水をすすっていた。


「案外、終末の世界もいいかもね」

「結構不便が多いけどね」


 ウタが困ったような笑顔をこちらに向けつそう答えて、もう一度水を啜る。


「そうだけど、ウタがいればなんでもいいや。二人でなら、何とかなるし」


 なんとなく、ウタの肩に寄り添ってみた。

人肌が感じられて、H21とは比べ物にならないほど暖かい。

 ウタは「ひゃいっ!?」と小さく驚いたけど、剥がそうとすることもなく、少ししどろもどろになりながら私の言葉を彼女の伝え方で反芻はんすうした。


「私も……、トワがいればどこでもいいよ。二人ならなんでもできるし……」


 こうしている間にも、時間というのは刻一刻と数字を刻んでいるのだけれど、今はこの心地の良い空気に流されて揺れていたい。どうせこの世界には時間なんて無限にあるのだ。少しくらいマイペースでも構わない。

 ウタも同じようなことを思ったのか、少し肩を強張らせながらも私の肩に寄りかかってきた。

 それからしばらくすると、隣からすうすうと寝息が立ち始めるのが聞こえてきた。どうやら疲れて寝入ってしまったようだ。

 ふと、流れる二人だけの時間に白いヒラヒラとしたものが飛んできた。その白い羽には見覚えがある。

 すやすやと夢の中に落ちているウタを起こさないように、私はそれを呼び止めた。


「蝶々……」


 蝶々は私に気が付かずにどこかへ飛んで行ってしまった。

 白くキラキラと輝く鱗粉を振り撒いて。

 

 未来は予測できない。だから、予測する必要などないのだ。たった一つの小さなことで未来は大きく変わってしまうのだから。

 泣いていないかを確認した時に頬に張り付いていた鱗粉を払って

「バタフライエフェクト……」

 私は小さく、そっと零した――。

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