絶対運命

常陸乃ひかる

絶対運命

 私の名前はジョセフィン・マクレーン。

 誰がつけてくれた名前か、今となっては確かめようがない。なぜなら、家族は誰も彼も殺されてしまったのだ。頭の片隅に、そのむごい光景が残るほどである。

 今はただ、過去を思い出すだけの時間がとどこおっている。


 実を言うと、私も今、死の局面にあるのだ。

 体が動かせず、どこかもわからない部屋の片隅でじっと転機を待っている。

 ――思えば生涯、色々なことがあった。

 私はたくさんの兄弟とともに生まれ、浮世に送り出された。大人になり、知らず知らずに悟ったのは自分たちに対する絶望だった。

 何億年も前に我々を創った神は、果たしてなにを思い、こんな姿を私たちに与えたのだろうか? そして神は、どうして後に創造された人類に力を与えたのだろうか?


 近年、種族間に存在し始めた差別は、私たちにとって死活問題になっていた。特に人間に嫌われ、我々は虐殺を繰り返されたのだ。

 やるかやられるか、ではない。気配を感じ取った瞬間から、勝敗が決まる世界だ。それも限りなく一方的に。中には抗いを見せる者も居たが、絶対的な力の前では成す術もなく、生への意思はちりとなった。

 時代が進むにつれて、人間たちは狡猾こうかつな罠で私たちの始末にかかった。

 意地汚い兄はつまみ食いをし、食中しょくあたりで死んだ。

 妹は安易な性格から毒ガスを吸って死んだ。

 両親は――見るも無残に潰された。


 皆は短い生涯を駆け抜けるように、そこに悔いを残さぬように天寿てんじゅまっとうしたのだろう。

 それなのに私ときたら、拘束された足を引き千切ってでも逃げ出そうとする仲間の姿を隣に置いても、この束縛から逃れようという意思を失っていた。

 もはや運命という束縛だと悟っていたのだ。生まれ持った生命力が憎らしいと、虚しいほど卑屈になっていたのだ。もう何日も食事を口にしていない。

 そんな私も、より圧迫された空間に移動したことで、ついに終わりが近づいたのだと悟った。しばらく時間が流れて、私が味わったのは、全身が焼けるような灼熱地獄だった。一瞬でそれが体の表面を突破し、内面を焼き尽く――


 この時。

 家族の誰かが叫んでいた言葉が脳裏を横切った。

『同志たちよ。儚き命を大切に、そしてできる限りの子孫を残すんだ! 我々を毛嫌いする人間たちに向かい、この黒い両翼りょうよくで滑空してやれ!』

 でも、到底叶えられないのだ。

 運命を乗り越えようとする言葉を思い出しながら、私は六本の足と長い触角、そしてブラックオニキスにも見劣りしない、つやのある体を燃やされながら生涯を終えた。

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