【終幕】

 フロイデ村南部

 昨晩の火災を命からがら逃げ伸びたシスターが、早朝の農道をぽつんと一人歩いている。

 どこかへ向かって歩みを進めているというよりは、ただ惰性だせいで足を進めている。

 ふと、人の気配を感じて振り返るとそこには少女の姿があった。


「あ、あなたシエロさん?」

「人違いよ」

 少女は村の方を指さしたが、シスターは意味が分からず困惑した。

「祭りの晩、シエロは村人と共に火に焼かれて死んだわ」

 遠くで、猫が長く鳴いた。

 シスターは、背筋に冷たいものを感じて、言いかけた言葉を必死で飲み込んだ。

「私はベベル。魔法使いよ」

 そう言って少女は足を前に踏み出した。


 ***


 いつか、大切な人と交わした約束を思い返す。

『もし、世界があまりに輝きに満ちて、

 あの子が眩しさに耐えられなくなってしまっても、

 あなたのその体だけは、

 どんな時だって日の中に燃える真っ黒な炎になって、

 あの子を導いてあげて』

 黒猫はゆっくり瞬きをして、後ろを振り返った。


 世界を包み込む朝の白い光の中で、真っ黒な篝火かがりびが、小さな魔女の進むべき道を照らす。

 道端に咲くスノードロップの花が、冬の終わりを告げていた。


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その、魔女の名前を― 王顎 @kingjaw

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