あとを追う

 森さんの父親が黒いカローラのエンジンを掛けると、車にETCカードが挿入されていないことがアナウンスされた。

「お母さん、ETCカードを持っていませんか?」

 彼女は財布からそれを出し、運転席に座る父親に渡した。

「高速を使うのか?」それを挿した後で、その行為の目的に父親が考え至ったようだ。

「はい」

「ETCカードを使ったのは、美月なんだな」

「はい」

「行き先は練馬か?」

「違います」

「じゃあ、どこだ?」

「入山峠です」

 車内に動揺が広がった。

「おそらく彼女は、二年前の事故を再現しようとしています」

 瞬間、車が発車した。エンジンは唸りをあげる。暗く、狭く、曲がり角の多い道でカローラは急発進と急停止を繰り返す。やがて大通りに出ると速度は大きく上昇した。

「もうこれしかないと、森さんは考えたのです」後部座席に座る僕は、森さんの思考をトレースした。「彼女は自分という存在が、真実を歪める大きな因子になってしまっていると思っています。自分が生きている限り、両親は本当のことを世間に告発しないままなのだろうという確信を持っています。そこで、こう考えたのです。自分の存在を消せばいいのだと。その効果的な手段を、彼女は思いつきました。二年前と同じコースで、同じ時間に、光岸車が事故を起こすのです。それは世間の注目を十分に集めることになるでしょう。その後に自分の机から見つかった二年前の事故の真実が書かれた遺書が発見されれば、それは大々的に世間へ公表されることになるだろうと」

「でもうちは光岸車なんて持っていない」と母親が言った。「何かの間違いじゃない?」

 僕もそうであって欲しかった。

「森さんが今日、珍しく出かけたのは、おそらくレンタカーを借りるためでした。光岸の車で事故を起こしたかったからです。

 僕らが一本道で彼女を挟み撃ちにした時、彼女はどこかへ消えてしまいましたね。まだ探していない、身を隠せる場所が一つだけあります。あの時路上駐車していた、白い車の車内です。森さんは急いでそこへ乗り込んで身を隠し、ご両親が車の脇を通過して行った後にエンジンをかけ、その場を離れたのです。それしかありません」

 反論はなかった。

「どうすればいい?」と父親が訊いた。「どうすれば止められる?」

「峠へ先回りするしかないでしょう」

「今から行って間に合うの?」と隣の星原さんが震える声で言った。「美月はもうずっと前に出発しているんだよ」

「大丈夫。森さんは当時の事故を完全に再現しようとしている。だからこそ、近場からは高速に乗らず、あえて練馬まで下道で行ってから高速に乗ったんだ。二年前、あのバスはサービスエリアにも立ち寄っていた。森さんもそうするだろう。そして何より事故の時間まで、まだある。僕らが最短ルートで飛ばせば、先回りできる見込みがないわけじゃない」

 車は間もなく高速に入った。


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