午前二時の入山峠
二年前の事故は、深夜の二時ごろに起こった。現在の時刻は、深夜一時半過ぎ。僕らをのせた車は、かつての事故現場のすぐ近くを走っている。
峠道に入ると、車が左右に大きく揺れ始める。スピードを出し過ぎているせいだ。法定速度よりも三十キロ以上出している。
だが森さんの車はまだ見えない。僕らよりも前の道を走っているのか、それともすでに追い越したのか、それとも……。
峠を上り切り、緩い下り坂になって視界が広がる。先の道に白い乗用車が現れた。スピードは六十キロほどだろうか。徐々に距離が詰まる。森さんの父親は、下り坂でアクセルを踏んだ。
「ナンバープレートは?」と僕は前方の座席に座る二人に声をかけた。
「わナンバー」と父親が応じる。
母親が窓を開け、森さんの名前を大きく何度か叫んだ。
お互いの車はさらに加速する。わずかに距離が縮まってはいるが、段々とそのペースは落ちて来ている。向こうの車も加速しているのだ。カーブでも減速していない。
「はやく!」と助手席の母親が急かす。
父親はクラクションを鳴らした。相手の反応はない。
走行車線は一車線で、対向車線は二車線ある。対向車が来ないことにかけたのか、今やその三本の車線をフルに使って追いつこうとしている。それによって、カーブをさらに高速で切り抜けることができるようになった。
距離はぐんと縮まる。白い車は、もうぶつかりそうなほど近い位置にある。
「美月!! 美月!!」母親が叫ぶ。彼女の姿を視界に収めたようだ。
後少しだ。彼女の体は、もう手の届きそうなところまで来ていた。だが、事故現場もすぐそこだった。映像で何度も見た、あの街灯が立っている。
左カーブ、そして続けざまの右カーブ。その右カーブへ入る手前の短いストロークで、前の乗用車のブレーキランプが短く二回、点灯した。映像で見たのと一緒だ。僕らが追いかけて来るという想定外の事態でも、まだ彼女は二年前の再現をしようとしているのだ。このままでは――。
だがそこで僕らの車は対向車線へとはみ出し、エンジンを震わせ、白い乗用車の右脇にぴったりとつけた。
次の左カーブが、事故現場だ。バスはその左カーブを曲がり切れずに、対向車線側のガードレールを薙ぎ倒し、崖下へ横倒しになって停止したのだった。
全員が助かるか、全員が死ぬかの二択となった。後戻りはできない。すべては次の森さんの行動で、一瞬のうちに決まってしまう。
お互いのスピードは、まだ九十キロ以上出ている。森さんは左カーブを、さらにスピードをあげながら進入していく。その車体は当然、遠心力に引っ張られて右へ膨らむ。
「右に寄れ! ぶつかるぞ!」声が飛んだ。
運転手は身を呈して、彼女の進路を塞ぐことを選択したようだった。慌ててシートベルトをしめる。
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