時の娘とのかくれんぼ

 検討会が終わり、星原さんと糸山が部室を出て行った。今日は地学研のサークル活動があるらしかった。森さんは急な眠気を催したらしく、新聞部の椅子を二つくっつけて横になった。今は寝息もたてず、静かに眠っている。

僕はスマートフォンで柿田さんのホームページにアクセスした。コンタクトフォームからアポイントを求めるメッセージを送る。返事を待つ間、森さんから借りた『時の娘』を読むことにした。その小説の書き出しはこうだった。


真理は時の娘

――――古い諺――――



 小説の世界は二十世紀の英国で、怪我をして入院しているスコットランドヤードの警部が主人公だった。彼は病床での退屈を埋める目的で、母国王家の歴史的な大犯罪を「誰が得をするのか?」という視点から推理するのだが、そこからこれまでの歴史の通説とは違った真実が浮かび上がってくる、という筋だった。フィクションではあるが、その推理のために提供されるデータは全て史書に記載されたデータであるらしかった。そのため普段からフィクション作品にはあまり触れない僕も興味を惹かれ、時間を忘れて作中の世界に没入してしまっていた。

 どれくらい時間が経っただろう。机の上に置かれたスマートフォンのメール受信音で、僕は現実に引き戻された。腕時計の短針は「3」を指していた。もう二時間もずっと読書を続けていたことになる。

僕は文庫本に栞を挟んで机に置き、スマートフォンを手にとった。

『RE:神楽大学新聞部です』

 柿田さんからだ。すぐにそれを開封する。

 そこにはいつも記事で目にするような、まるで楷書で書いたような丁寧な文章で、アポイントを快諾してくれる旨について書かれていた。

 信じられない気持ちで、二度三度とそのメールを読み返した。徐々に嬉しさがこみ上げて来たが、それと同時に緊張も高まった。いつか会えたらと思っていた人と、まさかこんなにすぐに会えることになってしまうとは。

「森さん、起きて! 森さん、森美月さん!」

「……お兄ちゃん?」

「何寝ぼけてるの? 柿田さんからメールが返って来たんだ!」

「え、本当?」

「本当さ」まるで高額当選した宝くじの番号を見せるみたいに、僕はスマートフォンの画面を彼女に差し向けた。「会ってくれるって!」

 彼女はメールに素早く目を通すと、その文末の一文を読み上げた。

「『隠された真実の一端を、私は知っています』」

「会いに行こう」と僕は言った。「一緒に真相を突き止めるんだ」


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