第一回バス転落事故検討会(4)

 目的の映像はユーチューブで簡単に見つかった。何件かの動画がヒットしたが、最も再生回数の多かったのは、柿田さんのいた望遠新聞のチャンネルが過去に公開したものだった。再生回数は五万を数えている。

 糸山が再生ボタンを押すと、映像が動き出した。

 そこには二台の路上カメラの映像が連続して映し出されていた。

 一台目は事故現場から一キロ手前地点、二台目が同じく三百メートル手前地点に設置された国交省のカメラの映像だった。それぞれの映像には画面にバスが入ってきてから見えなくなるまでの短い映像が記録されていた。音声は入っておらず、画質はやや粗いがカラー映像で、実際の運転の様子が確認できる。

 一台目のカメラは入山峠の頂上付近をバスが安定した走行で走っている映像だった。夜間だが、道路はオレンジ色の照明灯に照らされている。画面左奥からヘッドライトをつけて現れたバスは、ゆっくりとした一定の速度でそのまま画面右手前に抜けていく。そこにはまだ事故の面影は微塵もない。

 しかし二台目のカメラに映像が切り替わると、状況は一変していた。真っ暗闇の峠の下り坂をバスが狂ったスピードで駆け抜けていくのであった。暗闇のせいと、バスのスピードのせいで、一台目のカメラよりも画質が粗いように見えた。カメラが捉えていた場所はゆるい大きな左カーブの後半で、そのカーブの終わりの方の右手には、照明灯が一つだけぽつんと立っていた。その灯りが落ちている範囲はほんの一部で、それ以外の範囲では怖いくらい深い暗闇が支配していた。突如その暗闇を追い出すように、画面左手前側から光が届いた。それはバスのヘッドライトから伸びた光だった。それに続いてバスの車体が画角に入ってくると、今度は強烈なヘッドライト本体による光の横溢によって映像のほぼ全画面が白色に包まれた。しかしそれも一瞬のことで、すぐにバスがその車体の後部を見せるようになると、今度は赤白い色が画面を支配した。そして画面奥にバスが移動するにつれ、その灯りも見る見る小さくなって行った。ヘッドライトはバス前方を白く、後ろのランプは後方の路面を赤く染め上げながら疾走する。左カーブの終盤で、バスは大きく膨らみ、道路右側に立っていた照明灯の光の下をくぐり抜けながら、そのカーブを通過していった。次の連続する右カーブへと入る手前、照明灯の光を反射させたのか、爆発のような強い輝きを発しながらも、一切減速する素振りを見せずに右に舵を切り、そのまま峠の木々に遮られて映像から消えていった。

 映像はそこで終わっていた。バスはその数秒後にガードレールを薙ぎ倒し、四メートルの崖下に転落することになっている。

僕たち四人はしばし顔を見合わせた。みんな、幽霊でも見たかのような表情をしていた。

「これって――」糸山の途切れた言葉の続きを、他の三人は補うことができた。

 ブレーキランプ、光っていないか?

「もう一回再生して。二台目のカメラの方から」と森さんが言った。

 先ほどと同じ映像を、今度は車体後部の赤いライトに全神経を集中させて確認する。しかし映像は荒く、どれだけ目を凝らしても限界があった。

見える範囲で言うと、バスの車体後方、右上隅と左上角の二箇所に赤い円形の光が見えた。そしてその二つのライトから下方、窓を挟んだところにもう一つずつ赤い光が発せられている。計四つの光源のうち、下部の二つのライトから発せられる光が強かった。それはほぼ円形の灯りで、バスの窓の下からタイヤまでの車体の下半分を飲み込むように輝いていた。

 しかし映像を見る限りバスが減速した様子はなく、複数の新聞によるとブレーキ痕も発見されていない。またバスの車体の故障ではないと警察は発表していた。

「もっと画質のいい映像は公開されていないの?」と僕は聞いた。

 糸山がスマートフォンで、他の動画を再生したが、画質はあまり変わらなかった。

「あ、こっちの動画にはコメントが付いている」と森さんが着目した。「読んでみよう」

 望遠新聞の動画はコメントを受け付けない設定だったが、こちらはコメント欄を開放しているようだった。糸山がそこに寄せられた視聴者の声を読み上げる。

「『ブレーキランプ光ってね?」。『完全に故障だね。ひどい』。『運転手も怖かったろうな。死ぬ直前まで必死にハンドル操作してる。うかばれない』」

「やっぱり、車体の故障なの?」

 森さんの声は狭い会議室に空虚に響いた。

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