『新訳・眠れる森の美女』梗概

 全体の話の概要はこんな感じだ。


 舞台は魔法学校。そこに一人の控えめな女子、マレフィセントが転校してくる。しかし遠慮がちな彼女は、なかなかクラスの輪に入ることができないでいた。その上魔法も思うように使えず、クラスで浮いた存在となっていた。

グループの中心は学年で最も優秀なフィリップと、成績はイマイチだが明るく誰にでも優しいオーロラであった。オーロラにはある欠点があった。彼女は魔法を使うと、その反動で眠ってしまう性質を抱えていたのである。そのため彼女は眠り姫という渾名で呼ばれていた。

 ある日、度胸試しでクラスのみんなが東の森へ入っていった。そこではいばらの怪物が出るという噂があったのである。その森の中で、仲間が一人いばらの魔物に襲われてしまう。他の仲間が逃げ出す中、オーロラは火の魔法でその仲間を助けるが、その場で眠ってしまう。いばらの魔物は火を恐れて立ち去ったが、オーロラの足元の枯葉に引火した火は、やがて大きくなりながらオーロラを飲み込もうとしていた。そんな中、仲間外れにされていたマレフィセントが颯爽と駆けつけ、魔法で水をかけて消火し、オーロラを救う。二人はそれ以来無二の友人となったのであった。めでたし、めでたし。

 普段フィクション作品は手に取らない僕にとって、あまり物語の良し悪しはわからない。ただこの学校の児童たちは、中学に上がれば外部からの生徒と合流することになる。すでに出来上がったコミュニティがある中で、新しく現れた人たちとどのような接し方をするか、いずれ考える時がくるだろう。その時に、今回の劇を通じて芽生えた考え方がヒントになってくれるかもしれないな、と思った。物語になっているからこそ、単に口で言われるよりも説得力も生まれる。フィクションも、そう悪いものではないかもしれない。 この脚本の制作には森さんも一枚噛んでいるらしい。彼女の才能に、僕は素直に驚かされたのだった。

 ちなみにキャストはオーロラ姫が森さん、フィリップ王子が鳥谷くん、マレフィセントが本田さん、中のいいクラスメイト役が馬場さんと倉持さんだった。倉持さんはいばらの魔物役も兼任している。そんなキャストのそれぞれの見せ場を写真にとらえることが本日の僕のメインの仕事だった。

「映像と写真はこんな感じだけど、本番も同じように撮ればいいかな?」

 予行練習で試し撮りをしたものを持って、僕は仕事の依頼人にの元を訪ねた。

「うん、大丈夫。本番もお願いね」舞台袖にいた森さんは僕にそう言った後、友人の星原さんにも声をかけた。「ハルカも大丈夫そうじゃない」

「ありがとう。少し緊張が解けてきたかも」

「そういえば、ドライアイスの仕掛けはぶっつけ本番なの?」と星原さんの仕事を興味深げに見守っていた糸山が森さんに訊いた。本番前の予行練習では、ホースに繋いで水を出す杖や高火力ライターを杖の形に見せかけた小道具の確認はしたが、ドライアイスだけは使用しなかったのだった。

「あれは貴重だからなあ。ここに来る前の練習ではうまく行ってたし、まあ大丈夫でしょ」と舞台美術の馬場さんが横から答えた。彼は上級生だし、何度もこの手の演出はやっているに違いない。大船に乗ったつもりで安心していよう。

 それから小学校の先生がやってきて、そろそろ児童を体育館内に来させると本田さんたちに報せた。気が付けば時刻は十四時十分を回っていた。本番まで後二十分もない。

 僕たちは、舞台を始められる準備を再開させた。みんなで小道具を最初の場所に戻している間、馬場さんは軍手を身につけ、件のドライアイスの準備にかかっていた。アイスボックスを開けてドライアイスを新聞紙の上で砕き、それを大きなトレイに乗せてダンボールの中に入れた。ホースの脇に置かれたその段ボールにはパイプが取り付けられていて、そこから煙が出るようになっているらしい。段ボールのそばには魔法瓶が置かれていた。

「このトレイにお湯をかければ段ボール内に煙がたまる。あとはタイミングきたら段ボールを両手で押しつぶすように叩けばパイプの先から煙が出てくるって仕組みさ」

 横で作業の様子を見ていた僕に、馬場さんが親切にも説明してくれた。

「なるほど。初めて見ました」

彼が軍手をしているのは低温火傷を防ぐためだろ。段ボールに手を近づけると、まるで冷凍庫を開けたときのように冷気を感じた。いや、それよりもさらに一段強い冷気かもしれない。

「さあ、そろそろお客さんがやってくる。持ち場に戻ろう」

 降りた幕の内側で、それぞれが配置についた。こちらにまで緊張が伝わってくる。ドライアイス の冷気みたいな、張り詰めた空気だった。

 僕は予行練習の時と同じ、ステージ下中央の位置にビデオカメラをセットし、その脇でしゃがんで開演を待った。間もなく児童らが館内に入ってくると賑やかになった。観劇するのは高学年の児童だけと聞いていたが、二百人から三百人くらいはいるだろう。

 みんなこれから始まる劇に目を輝かせ、話し声からもワクワクした雰囲気が伝わってくる。僕は無意識にそちらに向けてシャッターを切っていた。

 先生から紹介の言葉があり、そのあと館内は暗くなった。そして幕が開ける。

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