第三章 時の娘殺し

キャストを乗せたレンタカーは国道を走る

「佐倉くんが免許を持っていて助かったよ。運転ありがとう」と助手席で森さんが言った。

「え、ああ」

慣れない車の運転に集中していた僕の返事は、そんな不格好なものとなって声に出た。

 街路樹のイチョウ並木が青空のもので綺麗に色づいた十一月下旬。俺たちは千代田区にある大学の近くでレンタカーを借り、三鷹市にある大学付属小学校に向かっているところだった。本日はそこで、森さんの所属する二部演劇研究会が芝居をすることになっている。彼女の友人である星原さんと新聞部に所属する僕と糸山の三名は、森さんの公演の手伝いを引き受けることになったのだった。

事の経緯を説明するためには、先のミスコン不祥事の一件にまで遡らなければならない。その不祥事に同サークルのメンバーが加担していたことを報じられた二部演劇研究会は、結果的に貴重な二名のメンバーを失うことになってしまった。それはただでさえ人員不足に悩んでいた同サークルにとって致命傷であった。目下に迫った付属小学校での公演も立ち行かなくなるほどに。

そしてそのミスコン不祥事のニュースを最初に報じた張本人こそ、新聞部の佐倉(なんと僕のことだ)なのであった。いくつかの要因が複雑に絡み合った末のインシデントとは言え、自分の出した記事がその原因全体のうちの大きな一ピースになっていることは火を見るよりも明らかだった。原因と責任は必ずしもリンクしないものではあるが、今回のことでは僕も少し反省しなければならないと思うところがあった。さしあたって今日の公演の手伝いを自ら買って出るほどには。今こうして舞台セットや小道具を詰め込んだバンの運転をしたりするのは、有り体に言ってしまえばただの罪滅ぼしで、感謝されるようなことではない。

無論、森さんもそんなことはわかっているはずだ。だからあくまで社交辞令として感謝の言葉を言ってやった、というところだろう。社交辞令には社交辞令で返さなければいけない。

「これくらい、何でもないよ」と少し後で僕は付け加えた。

 そんな言葉足らずな返事を彼女がどう受け取ったのかはわからない。衣装に着替えやすいようにだろう、厚手の灰色のトレーナーにジーンズというラフな格好をした森さんは、続けて後部座席に座る二人の友人にもそれぞれ感謝を述べた。

「俺はただ荷物を運ぶだけだから」と糸山が言った。彼は先日の文化祭の一件で関わり合いになった後、自ら進んで新聞部に加入してくれた。ハーフみたいな顔をしているが、そうではないらしい。もしかしたらクォーターなのかもしれない。いつもの黒縁メガネをかけ、フードのついた白いパーカーを着ている。

「でもミスっちゃったらごめんね。私パソコン苦手だし」と不安を漏らしたのは、高校時代からの森さんの友人、星原ハルカさんだ。彼女は今日、音響を担当することになっている。もともと森さんは今回の公演では音響と公演中の写真や動画を撮影する役を担っていたのだが、舞台役者のメンバーが離脱した穴を埋めるため、その代役に立ったのである。森さんができなくなったその二つの仕事を、俺と星原さんの二人で分担することとなったのだった。俺は新聞部でカメラの扱いにも慣れているために大きな不安はないが、音響の仕事には専用のPCソフトを使うらしく、それに不慣れな星原さんとしては平常心ではいられないのだろう。

「練習ではうまくいってたじゃない。大丈夫だよ」と森さんが励ます。

「でも私って本番に弱いの。あの、ちょっと窓開けてもいい?」

 バックミラーには口元に手を当てている星原さんの姿が映っていた。行きのレンタカーで吐かれたら地獄だ。僕は慌てて後方左手のサイドウィンドウを開けるスイッチを探した。

星原さんを助手席に置いたほうが良かったかもしれない。今日の行き先の付属小学校に行ったことがある森さんには、道先案内をしてもらおうと思って助手席に座ってもらったのだが、結局はカーナビに言われるがままのルートを進んでいる。

「時間にも余裕があるし、次のコンビニで少し休憩しよう」という森さんの提案で、僕は国道二十号沿いにあるコンビニエンスストアにぎこちなく駐車をした。糸山と星原さんにおつかいを頼み、僕と森さんは車中に残った。

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