事件の解決
浦島さんはがっくりと肩を落とした。それを聞いた佐倉くんはスマートフォンの画面を暗転させ、それをスーツの上着の内ポケットにしまった。
「全部認める。悪かった。だから警察はやめてくれ」
「盗んだものは、どこにありますか?」と佐倉くんが言った。
「麻紐はここにある」彼はそう言ってジーンズの尻ポケットからくしゃくしゃにまとめられた麻紐の塊を出した。
「うちらのミニルーターは?」すかさずボランティアサークルの遠藤さんが訊く。
「ここの隣の、F306教室のロッカーの中に入れた」
聞くや否や、ボランティアサークルの二人は競争するように走り出した。彼女らの姿が見えなくなった頃、ハルカが続いて訊いた。
「私たちから盗んだチョコレートを返してください」
しかしチョコレートに限っては、浦島さんはその在り処を教えなかった。
佐倉くんが何かを牽制するようにゆっくりと動き、そして床に転がったクラフト紙の紙袋をさっと掴んだ。
「OBの方に売ったこれが、浦島さんがここから盗み出したチョコレートだったのですね」
浦島さんはゆっくりと深く頷いた。それから佐倉くんはハルカの方に向き直ってこう言った。
「申し訳ありませんが、地学研究会の皆さんにこれをお返しすることはできません」
「どうしてですか?」とハルカが小首を傾げた。
「星原さん、これを購入した時に浦島さんと交わした会話をもう一度よく思い出してみてください。あなたは浦島さんから複数の注意を受けていましたね」
それを受け、ハルカは思い出すようにこう口にした。
「はい。『他の人に食べらないように』ですとか『一度にたくさん食べすぎないように』ですとか」
「他には何を言われましたか?」
「『いい材料を使っているから病みつきになる』、『うちからリピートで購入する予定があるか』などとも言われました」
「そして値段はいくらだったのですか?」
「三千円です」
「ただのチョコレートにしては、法外に高い金額です。これらの事実はすべて一つの可能性を示唆しています。もう皆さんお分かりですね?」
「薬物……!」
わたしは言った。警察を呼ぶと言った時のOBのあの動揺は、そのためだったのか。
小さな叫び声がどこかで上がった。いつの間にかボランティアサークルの二人は帰ってきていて、佐倉くんの推理に耳を立てていた。
「そう、おそらくそのチョコレートには大麻か何かが入っていたのでしょう。
星原さんはまた、お菓子をあなたから買う時に、『まるで自分がここに買いに来ることが最初からわかっていたみたいだった』とも言っていました。それは浦島さんが予約の客であるOBの新田さんと星原さんのことを取り違えてしまっていたためでしょう。このようなものの予約を実名でするはずはない。おそらく匿名で、履歴の残らないようなプライベートなメッセージシステムでやりとりをしていたのでしょう。
星原さんにそれを売ったのは、OBの方が最初に来店するはずの時刻だった十八時前後でした。その後すぐにOBの方から『遅れる』という旨の連絡を受けたことで、浦島さんは先ほど間違った相手に禁止薬物入りの菓子を売ってしまったことに気がついた。
しかし幸いにも、その購入者がどこにそれを持ち帰ったのかの情報は、会話から掴んでいた。そうして浦島さんは間違って売ってしまったそれを取り返しに行ったのです」
「でもそれだったら、星原さんに面と向かって『さっきは間違えて売っちゃったから返して』って言えば済む問題だったのではないですか?」と糸山くんが疑問を口にした。
「最初はそのつもりだったさ」
怒ったような、泣き出しそうな顔で浦島さんは言った。
「だが地学研究会のスペースに行くと、そこには鍵がかかっていた。留守のようだったし、いつ地学研の人たちが戻ってくるかもわからなかった。予約の客もいるしいつまでもそこで待ちぼうけを喰らわされているわけにもいかない。一番賢明な方法は、今すぐになんとかしてそこにあるはずの売り物を取り戻すことだった」
「そうしてあなたは例の方法で密室に忍び込み、目当てのものを盗み出した。盗み出した後すぐに現場を離れなかったのは、予約のお客さんがいたためです。密室内で森さんが眠っていたことは計算外だったが、それは良い誤算だった。なぜならあなたは、全ての罪を森さんにかぶせることができたのですから」
そこまで激しい口調でまくしたてた後、佐倉くんは判決を言い渡す裁判長のような口調に一転してこう付け加えた。
「悪どい品でお金を稼ぎ、さらには盗みの責任を他人になすり付けたあなたの行いは到底許されるものではありません」
「確かお前、新聞部だったっけなあ」しばらくして浦島さんが言った。「このこと、やっぱり記事にしたりするのか?」
「そうですね。あなたが連続窃盗事件を起こしたことについては書くかもしれません」
浦島さんはじっと黙って続きを待った。
「ですが、その動機については書かないでしょう。この紙袋の中身に薬物が使われているかどうかは、検査してみないうちは確証が得られませんから」
憶測のままで情報を発信することはできない、ということだろう。わたしはちらと藤原さんの方をみた。彼女はわたしの視線に気がついたようだったが、すぐにさっと目を伏せてしまった。
「もっとも、もしあなたが明日以降もここで同じものを売り続けるというのなら学祭実行委員に連絡を入れ、その商品の中身を検めさせていただくことになるでしょうね」
「わかった。もうやんないよ」浦島さんは二、三度首を振って、はっきりと約束した。彼の顔はこの二時間の間にぐっと老け込んだように見えた。それはまるで玉手箱を開けたかのように。
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