犯人当て

「正直に名乗り出るチャンスは何度もあったんです」

 新聞部の佐倉くんはそう切り出した。

「でも卑怯な犯人はいつまでもシラを切り続ける。ずっと正直者を痛めつけ続ける。もう我慢できそうにありません」

 プロジェクターがスポットライトのように彼を照らし、彼の影を締め切ったドアに映していた。

「侵入方法は森さんが今言った通りです。犯行時間の十八時から半までの間ですが、この時間にきちんとしたアリバイのある者はこの中には一人もいません。

「ちょっと待てよ」声を荒らげて浦島さんが言った。「俺たちはアコギサークルのライブに行ったって言ったよな」

「浦島さんに関してはそれを裏付けてくれる人はいませんし、ボランティアサークルと地学研にしたってそれを証明できるのは身内だけです。共犯の可能性だって捨て切れません。だからこれはアリバイにはなりません」 

「じゃあ、どうやって犯人を特定しようって言うの?」とボランティアサークルの藤原が言った。

「森さんがさっき言ったように、今回の犯人の狙いはただ前夜祭を賑わすことではなく、地学研からチョコレートを盗み出すことでした。他のサークルと被害状況がまるっきり違っていることからも、それは明白です。

 犯人はなんとしても地学研からお菓子を手に入れたかった。十八時過ぎにその教室を訪れ、そこに鍵がかかっていることを知った犯人は悪知恵を働かせ、このフロアにある道具を使って地学研へ盗みに入る方法を思いつきました。しかもそれだけではなく、あえてその道具を所有していたサークルの頭文字と道具の頭文字を一致させることで、今回の一連の犯行を愉快犯によるものだと思わせることにも成功しました。ガラスを割るなりして、ただチョコレートだけを盗み出せば、捜査の的は絞られたはずです。しかし連続窃盗事件というベールを被ることによって、犯人は捜査の目を眩ませることができました」

 佐倉くんはそこで一つ大きく息を吸った。

「とても頭の回る犯人です。しかしそれは同時に、つけ入る隙を与えてもくれました。

 つまり、犯人は全ての出入り口を完全に封鎖され、その上壁全体を暗幕で覆われたプラネタリウム会場に置かれた紙袋の中身が「ち」から始まるチョコレートであるということを予め知っていなければならなかったのです」

 プラネタリウム内で七人の視線が錯綜する。それらはやがて、一人の男に集められた。

「犯人は民俗文化研究会の浦島さんです。そうですね?」

「いやいやいや」

 浦島さんは半笑いで首を振りながら答えた。「俺はやっていない。そこにチョコレートがあるなんて知らなかった」

「そんなはずはありません!」ハルカが言った。「私はあなたからお菓子を買った時に、確かにそれを『地学研究会のスペースでしばらく保管する』とお伝えしました」

「……そう言えばそうだったっけな。でも今の今までそんなこと忘れていたよ」

 そこにいる全員の眼差しが冷ややかなものに変わっていった。その冷たさに身震いしたかのように、彼はやや早口にこう述べた。

「連続窃盗事件は地学研に入り込むために行われたものなんだろ? だとしたらABCになったのは単なる偶然だったと言う見方もあるんじゃないのか?」

「偶然ではありません。犯人は狙ってそうしたのです。ただ地学研に盗みに入る道具を用意したかったのならボランティアサークルからミニルーターと一緒にテグスとハサミも盗み出せばよかった。その方が効率的なのに、しかし犯人はわざわざアコースティックギターサークルのライブ会場の前にあった麻紐を盗みました。このことは犯人が意図して、あなたの言うところのABCの連続性を企てた証左になります」

「そんなん言ったって、全部ただの君らの想像だろう? 俺がやったっていう証拠があるなら出してみろ」しばらく後で、彼はそう言った。

 佐倉くんはそう言われるのを待っていたかのように、素早く切り返した。

「証拠ならあります。あなたの靴の裏を見せてください」

「靴の、裏?」

 彼は迷っていたが、結局は足首の準備運動をするような形でそれを見せた。佐倉くんはそこにスマートフォンでライトを当てた。

「……ありました。これが証拠です」

 黒く汚れたスニーカーの靴底には、まるで天の川のように美しく輝くものがあった。それはボランティアサークルで見た軍手や、そこの廊下の水たまりに見た、粉塵溶かしたガラスであるのだった。

「あなたは窓に穴を開ける時か、それとも窓から脱出して長机に着地する時だかに、あの水たまりに足を付けたのです。その跡がくっきりと残っていますよ」

「これが証拠? こんなのボランティアサークルの人たちにだってあるんじゃないのか?」

 まだシラを切るのか。

「もういいです。そこまで言うなら呼びましょう」そう言って佐倉くんはスマートフォンを触り始めた。

「呼ぶって、何をだ?」深刻な顔をしてそう訊いたのは、意外にもOBの新田さんだった。

「警察に決まっているでしょう、もちろん」

 警察、と言う言葉に一同は騒然とした。わたしもちょっとびっくりした。呼ぶための名目は何だろう。窃盗? 器物破損? あるいは名誉毀損だろうか?

「おいおい落ち着けって。何もそこまでしなくてもいいだろ」と年長者らしく新田さんがなだめていた。

 藤原さんは急いでスマートフォンを取り出し、指を慌ただしく動かし始めた。投稿を削除しようとしているのだろう。名誉毀損という言葉が遅効性の毒のように効いてきたのかもしれない。

「僕もこれには確たる証拠はなかったんですが、いつまでもあなたがシラを切ると言うなら勝負に出るしかなさそうですね。文句はなしですよ。チップを積み上げたのはあなたなんですから」

 浦島さんは動かない。感情を欠いた顔で、真っ直ぐに佐倉くんを見据えている。

「いいんですね?」

 佐倉くんがキーを押す電子音がやけに大きくに聞こえた。音が一つ、間をおかずに二つ、そして――。

「ま、待ってくれ!」

 佐倉くんが三つ目の番号を押し掛けたその瞬間、浦島さんが叫んだ。

 それと同時に新田さんは手に持っていた紙袋を放り投げ、脱兎の如くドアを走り抜けた。咄嗟のことに、誰も彼を止められなかった。

 皆が唖然とする中、絞り出すような声で浦島さんが言った。

「俺がやった」

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