ボランティアサークルへの聞き込み
糸山くんとハルカがF301に飛び込むと、佐倉くんもその後を追った。
わたしはそこへ入るのがなんとなく憚られたが、ひとり廊下で待っているのも退屈だったのでそっと最後尾につくことにした。
教室内には白いクロスの掛かった丸いテーブルが木目調の床に数台置かれていた。その上には貝殻やガラスなどで作られたネックレスやブレスレッドなどのアクセサリーが並べられている。
遠藤さんと藤原さんは、教室備え付けの椅子(座面と背もたれは木製で脚がスティールでできた椅子)に座りながら、厄介な侵入者たちの様子をじっと窺っていた。高い天井から降り注ぐ照明は明るく、二人の染めた髪はプラネタリウム内で見た時よりも一段と明るく見えた。
「何か用ですか?」
金髪ショートヘアーの藤原さんが椅子に深く掛けたまま私たちに訊ねた。
わたしたち三人は先陣を切ってこの教室に足を踏み入れた糸山くんを見たが、彼はむっつりと黙ったままだった。まさか、無計画だったのか?
「新聞部の佐倉です。先ほどはどうも」場が変な空気になりかけたところで、佐倉くんが勇敢にも口火を切った。「取材に来ました」
「……取材、ですか? 犯人探しじゃなく?」件のSNSの投稿主である二つ結びの遠藤さんは、彼の腕章を胡散臭そうに睨み付けてそう言った。悔しいことに、コスプレ姿の彼が胡散臭く見えてしまうことについてはわたしも同意見だった。
「僕は警察ではありませんから」 と言って彼は左腕に巻いた腕章を、右手でそっと撫でた。「僕が探しているのは犯人ではなく真実です。目的は犯人を捕らえることではなくて、不正確な情報のために損をしている人を助けることです」
「不正確な情報って……」
「もちろん先ほどの投稿のことです」
「でも、犯人はあの人以外に考えられないじゃないですか。だって鍵の掛かった部屋から物がなくなって、その部屋の中には彼女が一人でいたんですよ。ねえ?」
彼女はそう言って、ハルカと糸山くんとを交互に見回した。二人は言葉に詰まった様子だった。
「その時の詳しい状況については後で確認することにしましょう。まずは事件の全体像が知りたいです」佐倉くんは顔色を変えず、彼の言うところの取材を続けた。「先ほどこの二人から、そこの多目的ホールの前の廊下であなた方と初めて顔を合わせた時のことを聞きました。その時にはすでに、あなた方のサークルからミニルーターが盗まれていたとのことでした。そうですね?」
椅子に座った二人は黙って頷いた。
「ミニルーターと言えば、小ぶりな細長いドリルのみたいな物ですよね。なんのために使っていたんですか?」
警戒を解かずに、藤原さんが答えた。
「うちらは海岸清掃とかをするボランティアサークルなんですけど、その時に綺麗な貝とかシーグラスとかを拾ってきて、それを加工してアクセサリーを作って、こうやって学祭で毎年販売しているんですよ」
そう言って彼女は、わたしたちの後方に点在している丸テーブルの一つを指差した。そこにはピンク色の貝で作った耳飾りや、白く曇った色をしたシーグラスのネックレスが照明を気持ちよさそうに浴びていた。
「海で拾ってきたものに最初から穴があいているわけはないから、うちらの方であけなくちゃならなんです。ミニルーターはそのために使っていました」
そう言われてから改めて商品を観察すると、どのアクセサリーにも均一に、直径2ミリくらいの丸い穴があいているのがわかった。
「そこの入り口の近くの机で、今日も作っていたんです」
二つ結びの遠藤さんはそう言って、私たちが入って来た方とは逆のドアの近くを指さした。廊下側から開いたドアを覗くと真っ先に見えるところに、新聞紙の広げられた小さな机があった。その上には色とりどりの(おそらくは未加工の)貝殻やシーグラスがたっぷりと入ったビニール袋や軍手、さらには小さなハサミとテグスが一巻き置かれていた。軍手にはキラキラしたラメのようなものがまとわりついている。おそらくミニルーターで貝やシーグラスを加工した時に付着したものだろう。机の近くにコンセントはなかったので、今回盗まれたミニルーターは電池かバッテリーで動くタイプのものだろうと推察できた。
「明日以降も店番しながら作る予定だったのに、もう作れなくなっちゃいました」
これから商品を補充するつもりだったのか。そう言われると丸テーブルの上のアクセサリーの陳列状況は、少し物寂しい感じもあるようだった。
「犯人のせいでね」と藤原さんは付け足し、わたしを睨んだ。
「許せませんね」とわたしは応じた。
すると藤原さんは勢いよく立ち上がり、長机を両手でバンと叩いた。 それを見た糸山くんは肩を強張らせていた。悪いことをしてしまった。
佐倉くんは慌てて「それが盗まれたのは何時頃だったのか教えていただけませんか?」と横から割って入り、緊張を一時的に弛緩させることに成功した。彼女はとりあえず椅子に座り直したが、鼻息はまだ荒らげたままだった。
「はっきりと、いつ盗まれたかってのはわかりません。うちら二人ともアコギのライブ見に行ってて、そこから帰ってきた時に気付いたんです。それで隣の民俗文化研究会の人に、誰か怪しい人見なかったかって聞きに行って。そしたら民俗文化研究会からもミネラルウォーターが盗まれたって話になって……」
今の藤原さんの説明は、ハルカたちから聞いていた話と矛盾しないように思えた。
「ライブに行く時、ここには鍵を掛けて行きましたか?」佐倉くんが続けて訊いた。
「いや、うちら三役じゃないから」と藤原さんが答えた。
つまり彼女らは鍵を掛けたくても掛けられなかったと言うことか。
「撤収作業はどうするつもりだったのですか?」
わたしと同じことを考えていたのか、糸山くんが訊いた。
「撤収する予定はありません。うちらは泊まりの予定でしたから」
前夜祭では、学生が大学内に泊まることが特別に許可されているのだ。
続いて佐倉くんが質問した。
「アコギのライブが行われていたのは十八時から十八時半までだったようですが、あなたたちはそこに最初から最後までいましたか?」
二人ほぼは同時に頷いた。
「ではその三十分間は、誰でもこの教室に入ってミニルーターを盗むことができたということですね?」
それには件のSNSの投稿主である遠藤さんが答えた。
「でもこれは連続窃盗事件なんですよ。うちらミライ・プロジェクトからミニルーターが、民俗文化研究会からはミネラルウォーター、アコギサークルから麻紐、そしてあなたたち地学研究会からはチョコレート。どう考えても同一犯の犯行だし、地学研究会からチョコを盗み出すことができたのは一人しかいなかった」
そうだ。あの密室のトリックを解かないことには、わたしはいつまで経っても犯人扱いを受け続けることになってしまう。
「そんなに答えを焦らないでください」と、落ち着き払った声で佐倉くんは言った。そして小声で「だから誤報が生まれるんです」と付け加えた。
「今、なんて?」と遠藤さん。
再び空気がピリついた。佐倉くんは逃げるようにボランティアサークルの二人に背中を向けてからこう言った。
「ひとつずつ事実を確認しましょう。次は民俗文化研究会の彼へ取材します」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます