それでは現場へ
ここからは実際に現場を見ながらの方が話しやすいとのことだったので、わたしたちは階段を上って三階に来た。階段は縦に引き伸ばしたコの字型をした校舎の右下(一画目と二画目の接点)にあたる場所に位置していた。階段を上り切るとすぐ左手には多目的ホールがあり、正面の廊下に並ぶ教室にはボランティアサークルと民俗文化研究会のサークルが入っている。そして正面の廊下を突き当たりまで進んで左に折れると地学研究会のプラネタリウムがあるのだった。
「十八時半すぎ、私たち四人はそちらのドアからホールを出ました」
多目的ホールのドアの前に立ち、ハルカが言った。
十九時二十分現在、ホールのドアは閉まっている。ドア上部の透けガラスは室内の暗闇を映していた。ドアの横にはペコちゃん人形が立っている。彼女はいつもと同じ赤のオーバーオールを着て、それと同じくらい真っ赤な舌を口の横から出していた。わたしはペコちゃんのその表情を「ケーキを食べ終わった後にクリームが口についているのを教えられた時の顔」であると信じて疑わなかった。この前ハルカにそのことを話すと、「私にはテストで悪い点をとってしまったことを親に謝る時の顔に見える」と言われた。そう言われるとそう見えてくる。答えを勝手に自分の中で決め付けてしまうのは良くないことだ。
それは置いておいて、ペコちゃんの足元にはランチョンマットくらいの大きさのチョークボードがペコちゃんに寄りかかるようにして立てかけられていた。黒いチョークボードには多目的ホールのライブスケジュールが白いチョークで書かれていて、それによると今日のスケジュールは全て消化されているらしかった。
「ちょうどこの廊下の角を曲がったあたりで、反対側からやって来た男の人に私は声をかけられたのです。その人は民俗文化研究会の浦島さんでした」
「声をかけられたって、どんな風に?」とわたしは訊いた。
「ええ、彼は少し興奮した様子で、『君は地学研究会の人だよね。この近くで窃盗事件が発生したんだ』と唐突に話しかけて来ました。彼の後ろにはボランティアサークルの遠藤さんと藤原さんもいらっしゃいました。そして彼女たちはそこのペコちゃん人形を指差して、『看板を吊るしていた紐がない!』と叫んだのです。確かにライブ前に私たちがここを通った頃には、そのチョークボードは麻紐のようなものでペコちゃんの首にぶら下げられていたのです」
佐倉くんがペコちゃんの足元のそれをひょいと拾い上げた。わたしも横からそれを覗き込む。
ボードの上の方には二箇所、それを吊り下げるための輪っかの金具が取り付けられていた。
その後の説明は糸山くんが引き取った。
「それからうちの代表の清水さんが民俗文化研究会の浦島さんに対して、何があったのかを訊いたんだ。彼はボランティアサークルが盗難被害にあったこと、その後自分のサークルからミネラルウォーターが紛失していることに気がついたことを俺たちに伝えたんだよ。そしてそれから地学研究会の方にもそれを知らせに行ったが誰もいなかったこと、次にアコギサークルの方にも確認を取りに来たところで俺たちに出会ったのだと説明したんだ」
「なるほど」わたしと佐倉くんが同時に言った。
「それから俺たちは、プラネタリウムへ移動した。気になるからと言って、例の三人も一緒についてきたよ」
そう言うと糸山くんは足をプラネタリウムのほうに振り出した。彼を先頭にして人気のない廊下進む。わたしたち四人の足音がリノリウムの廊下に不揃いに響いた。
歩き出してすぐ、ボランティアサークルの前を通りかかった。開いていたドアの隙間から中を覗くと、教室の奥にはアバンギャルド二人組が長机に隣り合って座って、店番しているところが見えた。
そこで糸山くんが出し抜けにこう言った。
「話は本人たちから聞いたほうが早いでしょう」
ハルカも「そうね」と同意し、わたしと佐倉くんが口を挟む間も無く地学研コンビはボランティアサークルへと突撃して行った。ハルカは基本的に「人はみんな話し合えば理解しあえる」と考えている。薄々は感じていたが、糸山くんもハルカと同じ波長を持っているらしい。
ドアの前には、ベニヤの立て看板が置かれていた。デフォルメされた貝殻などのイラストが添えられた看板には、こう書いてあった。
「ボランティアサークル『ミライ・プロジェクト』〜海岸清掃中に拾ったもので作ったアクセサリー実演販売中〜」
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