森の眠っていた間の出来事(2)

「民俗文化研究会でお菓子を買った時の話を聞かせてください」

 記者のコスプレをした佐倉くんが言った。

「私たち地学研に割り振られたF305教室は、この校舎の3階の端の方に位置しています。民俗文化研究会のスペースであるF303教室は、自分の地学研のスペースに行く途中に何度も通ります。うちのサークルと同じように民俗文化研究会の看板はまだ出ていないようでしたが、一度ドアの隙間から透明な袋に入ったチョコレートを紙袋に入れているのをお見かけしたことを覚えていたんです」

 先ほどプラネタリウムからこのカフェテリアに来る時にも、わたしたちは民俗文化研究会の前を通り過ぎた。そこはプラネタリウムの行われているF305教室の半分ほどの広さの教室だった。地学研究会に所属しているハルカは、その道を何度も往復しているだろうから、その道中のサークルの出し物を覚えていたのだろう。

「ひょっとしたらまだ準備中かなと思いつつも、私が民俗文化研究会さんのスペースに入った時、店番は先ほどの彼――えーと、浦島さん――がひとりでしていました。室内は簡素で、店番用の机とお菓子の入ったものらしき紙袋が一つ置いてあるだけでした」

 地学研究会のように熱量を込めた出し物をしているサークルもあれば、そうではないサークルもあるのだ。そもそも学祭では出し物をしないなんて言う稀有な団体も中には存在するらしい。わたしの所属する演劇サークルなどがまさにその例だったりする。

「民俗文化研究会から盗まれた――ミネラルウォーターだったっけ?――はまだその時には盗まれていなかったの?」とわたしが訊くと、ハルカは首を斜めに傾けた。

「うーん、わからない。室内にはミネラルウォーターなんてなかった気もするし、私が見落としていたか、それとも見ても覚えていなかっただけかもしれない。でも民俗文化研究会の彼が『ミネラルウォーターが盗まれた』と騒ぎ出したのは、もう少し後になってからだったよ」

「その時、他に変わったことはなかった?」とわたしが続けて訊くと、ハルカはこめかみに人差し指を当てて少し考える仕草を見せた。

「変わったこととは言えないかもしれないけど、そういえば少しだけお話を……」

 お話という言葉に、佐倉くんが食いついた。

「その内容をできるだけ詳しく話して」

「その時は焦っていてあまり気が回っていませんでしたが、思い返してみればちょっと変な会話だったかもしれません」そう前置きして、ハルカは民族文化研究会でのやり取りを語り出した。「私が民俗文化研究会の開いたドアから中に入ると、椅子に腰掛けたままの浦島さんはテーブルの上に紙袋をひとつ乗せ、商品の値段を言いました。なんだか、まるで――」

「まるでほっしゃんが来店することや、何を買うのかを予期していたかのようだった?」と糸山くんが後を引き取った。

「そう、まさにそんな感じだったの」

「単に売り物がその一種類しかなかったんじゃない?」とわたしは言った。

「ああ」と糸山くんは納得しかけたが、「いや、やっぱりおかしいよ。仮に一種類しか売り物がなかったとしても普通だったらその商品の説明や、いくつ買うかとか、そんなことを聞くはずじゃないかな」と、また考えを一転させた。

 うーん、言われてみればそうかも知れない。彼もよく細かいところに気がつくものだ。

「そうなの。私もそのせいで違和感があったんだと思う」とハルカが同意した。

 現場にいた当人がそう言うのだから、そうなのだろう。

「その他に何か会話はした?」と佐倉くんが質問した。

「ええ。お会計の後、彼からいくつか言葉を掛けられました。私も急いでいたのですが、代わりのお菓子が手に入ったことで幾分心にゆとりが生まれたのでしょう。それで少しではありますが言葉を交わしました」

 わたしたち三人は黙って彼女の話の続きを待った。

「浦島さんからはまず『今後も引き続きうちから購入する予定があるか?』と訊かれましたので、私は『そうですね。機会がありましたら』とだけお伝えしました。次にあの方は『一度食べたら病みつきになる。うちのはいいものを使っているから』と太鼓判を押し、それから『すぐに食べるのか?』と訊ねられました。そう言えば賞味期限を聞きそびれていました。手作りの生チョコレートとかですと、賞味期限が短いことが多いのです。なので私は『少しの間、室内で保管します』と答えました。

『室内?』と、説明を求めるような顔をされましたので私は、

『そこの地学研究会のスペースで。プラネタリウムの出し物をしています』と付け加えました。

 しかし、保冷剤だとか賞味期限だとかのご説明はありませんでした。まあ考えてもみればデパートで購入するのと学祭で購入するのとでは勝手が違うのでしょう。最後に『他の人に食べられないように』とご忠告をいただきました。

 買い物の時の会話は以上です」

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