記者の役割

 まずはみんなで話し合いを行うこととなった。事件はわたしが眠っているうちに起きたことなので、当たり前ながらわたし自身は全体の概要をまだ知らないのだ。話し合いではその辺りのことから始めなくてはならない。その後にどのようにして犯人を見つけ出すのか、具体的なその手順と今後の方針についても話すことになるだろう。

 立ち話の話題としてはハードすぎるので、そのミーティングは階下のカフェテリアで行うこととなった。先ほどわたしたちが待ち合わせで使った場所だ。わたしはハルカと糸山くんをまず先に行かせ、新聞部の佐倉くんをその場に引き留めた。

「佐倉くんもこの事件の調査に参加するつもりなの?」

 彼は当然だとでも言うように軽く頷いた。 さてはこの人、記事に飢えているな?

「そもそも、佐倉くんはどうしてここに来たの?」

「どうしてって……。森さんの背景に映った星空を見て、それでプラネタリウムの出し物をしている教室で事件が起きていると分かったんだ」

 わたしは首を振った。

「そうじゃなくて、目的。面白そうな記事が書けそうだからっていう理由でここに飛んできたんじゃないの?」

 前夜祭での連続窃盗事件をスクープは、彼にとっては手柄だ。わたしたちに協力するふりをして、自分の手柄のために真犯人を見つけたがっているだけなのかも知れない。そしてうまいこと犯人を見つけた後は、自分たちの都合のいいように味付けした記事を消費者のもとに運ぶのだろう。彼の書いた記事によって平和な日常を壊された人を、わたしは何人も見てきた。

 もちろん真犯人を許すことはできない。だが、人の不幸を食い物にする人と関わり合いになるのも願い下げだ。

「この前は迷惑かけちゃってごめん。あれから自分なりに反省したんだ」

 そうは言われても、これ以上場を乱したくない。興味本位で近寄ってきてもらっても困る。

「SNSのことを教えてくれたのはありがとう。でも今わたしたちとても立て込んでいるの。悪いんだけれど、取材ならまた今度にしてくれない?」

「今度じゃダメなんだ」

「どうして?」

「記者の中にはすでに終わった事件の警察発表をそのまま記事にしたり、個人のSNSの発信を拾い上げるタイプもいる。でも僕は自分の足で取材して、自分の文章で埋もれている事実を明るみに出すのが正しい記者のありようなんじゃないかと思っている」

 ご立派なお考えだ。

「それで、そのためならば報道関係者には他人の問題に自由に鼻を突っ込む権利があると?」

「いや、自由にとは……」と彼は語尾を濁した。

「この前はあなたも事件の一被害者だった。だから一緒に事件の調査をした。でも今回の事件に佐倉くんは無関係でしょ?」

 わたしはまだ彼のことを信用していない。彼は大学公認団体の新聞部に所属していて、大学の利益にかなうように報道を偏らせる性格がある。そのせいでわたしのサークルが大きな傷を負うことになったことは、忘れがたい事実だ。

「確かにあなたの記事は名誉毀損には当たらないのかもしれない。でもだからって、その記事が誰も傷つけないわけではない」

「それは、その通りだと思う。俺はあの記事で思いも寄らない人のことを傷つけてしまったようだから」

 しかしそれでも彼はその場をさらず、まだわたしの前に立ち続けた。

「それでも佐倉くんは記事を書き続けるんだね?」

 彼は首肯した。

「もう一度聞くけど、この事件とは無関係なあなたが今回の事件に関わる理由は、何?」

 彼は拳を固く握りしめた。ややあって、真っ白になった拳を解きながらゆっくりと喋り出す。

「僕は無関係だけれど、あの場所にいた人だけが関係者というわけでもない。これは連続窃盗事件だ。今のところ被害団体は四つだが、それで終わりとも限らない。そういう意味でこれは全大学の問題と言える。

 前夜祭というみんなの気分が昂っている中でそんな事件が起こったことが知れ渡れば、おそらくパニックになるだろう。そんな中で、先ほどの投稿で森さんが犯人だとする情報が発信されてしまった。例のアカウントに鍵はついていなかったし、いつ拡散されてもおかしくない状況だ」

 彼は自分を落ち着けるように一度深く息を吸い、また話し始めた。

「デマが拡散されやすいとされる条件が三つのある。一つは『非常事態下にあり、人々の心が落ち着きを失っていること』。二つ目は『その問題に自分が関わり合う可能性があること』。三つ目は『それに関する公式の情報が曖昧であること』。今回の連続窃盗事件は、その三つの状況が見事に揃ってしまっているんだ。だけどデマの拡散を未然に防ぐ方法が一つある。真実を見つけ出し、それを公的な立場の者がアナウンスすることだ。新聞部はそれにうってつけの団体であると思えるし、またそのために存在する団体でもあると思う」

 確かに彼の話の筋は通っているように思える。しかし、本当にそれだけだろうか? わたしが黙っていると彼は自ら続きを話し出した。

「それに、物事の食い違いみたいなものを直すのも大事な報道の仕事なんじゃないかって思うんだ。それからこれは新聞部としてではないんだけど、こんな風に無実の人を嘘の情報で貶める行為は、個人的に我慢できない」

 二日前は、自分がなぜそんな記事を書いたのかも説明できなかったくせに。男子三日会わざれば、なんて月並みな言葉がわたしの頭に浮かんだ。わたしの彼に対する理解が足りなかったことも大きいだろう。やはり一事が万事ではないのだ。

「ヘンリー・メリヴェールみたいだね」とわたしは言った。それはわたしなりの褒め言葉のつもりだった。

「知らない人だな」と法学部の彼は言った。「どんな記者なの?」

「弁護士だよ」とわたしは笑いながら答えた。

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