第一報

「森さん、これ本当?」と新聞部の佐倉くんが眉間にシワを寄せて訊いてきた。

「まさか」とわたしは笑い飛ばした。

「美月、その新聞部の方とはお知り合いなの?」とハルカが訊いてきたので「一応」と答えておいた。

「彼女が犯人で間違いない」と民族文化研究会の浦島さんが横から口を挟んだ。

「今から潔白を証明するところでした」スマートフォンの液晶に目を落としながらわたしは言った。投稿主のアカウントに鍵はついていなかったが、幸いなことにまだ拡散はされていない。添付された画像を見て、先ほどスマートフォンのカメラのシャッター音がしたことを思い出した。確か、わたしから一番遠く離れている女子二人のうちのどちらかから聞こえて来たのだった。わたしがその方向に目を走らせると、投稿主は自ら名乗り出た。

「何か問題でもあるんですか?」

 開口一番そう言った彼女は背が低く、二つに結んだ長い髪を部分的に金色に染めていた。アバンギャルドな感じだ。

「あなたは?」と新聞部が訊く。

「ボランティアサークルの遠藤です」

「遠藤さん」新聞部が言った。「これは完全に名誉毀損ですよ」

「でも新聞とかテレビだって同じことしてるじゃないですか。あんたらは特別ってわけですか?」

 子供のような屁理屈だなと思った。それに新聞と新聞部だと報道内容どころか活動内容にも大きな隔たりがあるだろう。佐倉くんは当然それには取り合わないだろうと思っていたが、彼はそれを真っ向から受けて答えた。

「新聞の記事は基本的に広く世の人のために書かれたもので、他人を陥れるためとか、個人の承認欲求のために無責任に発信された情報とは違います。発信した情報がそのような目的を持っていて、尚且つそれが事実なら名誉毀損には当たりません」

 しかし中には、そうではない新聞記事やテレビニュースもある、とわたしは密かに思った。

「第一報の力は大きく、訂正報は早ければ早いほどいいです。さあ、早くその投稿を削除してください」

 佐倉くんに促されても、アバンギャルドな彼女はむっつりと俯いたまま手を動かそうとはしなかった。

「そう言って、うちらの手柄を横取りするつもりなんじゃないすか?」

 彼女をフォローするようにアバンギャルドの横にいた女子が口を開いた。ショートのボブを明るく染め、目は細い。あるいはその目の細さは彼女のデフォルトではなく、こちらを睨んでいるせいなのかもしれない。

「あなたもボランティアサークルの方ですか?」と佐倉くんが訊いた。

 ショートボブの彼女は頷き、「二年の藤原です」と名乗った。そしてサークルのお仲間の遠藤さんの方を振り向いてから「もしその人が犯人じゃないって証明できたら、そん時に投稿を消せばいいじゃん」とアドバイスした。

「そうすればみんな納得するんだけどね」と民俗文化研究会の浦島さんも賛同を示した。

 地学研究会の先輩方は口を挟まないものの、うろんな目つきでこちらをちらちらと見て来る。やはりわたしのことを疑っているのだろう。あるいは彼らとしては誰が犯人かなんてどうでもよくて、早くこの騒ぎを終わらせて欲しいだけなのかも知れない。

 早く何か反論しなければいけない。しかしそのためにはもっと詳細な情報が欲しかった。

 わたしが状況の整理を求めようとしたその時、突然現れたもう一人の侵入者によって議論は中断を余儀なくされたのであった。

「あー、OBの新田だけど、なんかあったの?」

 そういえば今日は地学研のOBがやってくる予定だとハルカから聞いていた。素早く地学研代表の清水さんが彼の元に駆け寄った。

「お疲れ様です、新田さん。なんでもないんです。さあさあ、そこのソファにお掛けください」

 OBの彼は仕事帰りのようで、スーツを着ていた。彼の見た目や、清水さんとの会話の感じからして、まだ大学を出て一年目くらいなのだろうと言う印象を受けた。リュックを背負っていて、手には紙袋を持っている。おそらく地学研の後輩たちへの差し入れなのだろう。

 そんなこんなで、部外者はプラネタリウムを追い出されることとなった。プラネタリウム内に残ったのは、地学研のOBの新田さんと代表の清水さん、それから二年の木原さんの三人のみだ。民俗文化研究会の浦島さんと、ボランティアサークルのアバンギャルドな女子二人はそれぞれのサークルに戻っていった。

 ハルカと糸山くん、それから新聞部の佐倉くんとわたしは、プラネタリウムを出てすぐの廊下で立ったまま固まっていた。皆一様に、これからどうしたものか、という表情を浮かべていた。前半戦で大量得点差を付けられてしまったサッカーチームのハーフタイム中のロッカールームみたいな雰囲気だった。

「みんなごめんね。わたしのせいで変なことに巻き込んじゃって」

「美月が謝る必要ないよ。だって何にもやっていないんでしょ?」ハルカが声をあげた。「そもそも美月をプラネタリウムに誘ったのは私なんだから、謝るのはむしろ私の方よ。変なことに巻き込んじゃってごめんなさい」

 本当に申し訳なさそうにしている彼女の顔は、見ていてつらかった。

「OBの人が帰ったら、俺がもう一度清水さんたちに言っておきます。さっきはみんな少し動揺していたけど、ちゃんと話せば信じてくれるはずです」と糸山くんが言った。

「でもそれだと、あのSNSの投稿を消してもらうことができないじゃない」ハルカが伏し目がちに言った。

「わたしのことならいいの」わたしは言った。「わたしをプラネタリウムに誘ってくれたハルカが、サークル内でもし何か言われたら嫌だなって思っているだけで……」

 わたしはハルカから視線を外し、糸山くんの方を見た。

「だから、お願い」

 糸山くんは力強く、二度頷いた。

「でも、誰が今回の連続窃盗事件を起こしたのだろう」

 さっきからスマートフォンを弄ったり、誰かと通話していた新聞部の佐倉くんが独り言のようにぽつりと呟いた。

「きっと誰かが美月に罪を被せたんだ」とハルカが言う。「許せない」

「俺もそれは気になるな」と糸山くんが言った。

 わたしが黙っていると、三人の視線が自然とわたしに集まってきた。

「美月は?」わたしより少しだけ背の高いハルカが、真正面からわたしの目を覗きこむようにして訊いてきた。

 わたしは自分の気持ちをしばらく探した。

 もちろんハルカの尊厳を守ることが第一である。それは変わらない。しかしそれとは別に、本当のことを知りたいという欲求もわたしの中にあることは確かだった。そして結局はそれがわたしに掛かった疑いを晴らし、ハルカのこの先のサークルでの立場も保証できる手っ取り早いやり方に思えてきた。

「わたしも、知りたいと思う」

 不自然なほど長い沈黙の後で、わたしはそう言った。

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