♦︎私はこうして犯行に及んだ(7)♦︎

 さっきニゲキちゃんのタックルを受けたとき、口の中を切ったようだ。感覚が戻ってきたのか、今になって鉄の味がする。

 既に事件は終わった。私が犯人で、犯行動機は逆恨み、トリックはカードキーの電磁波遮断によるロックの不成立。もうこの事件には謎は一つも残されていない。だが私にはまだ、最後にどうしても聞いておきたいことが一つだけあった。

「あなたはこんな記事を書いて何がしたいの?」

「……え?」

 晏如あんじょとした態度で喋っていた彼は、にわかに狼狽を見せた。

「他人の秘密を暴いて、それを公衆の面前に晒して、一体何がしたいの? 恥をかかせて、他人の人生をめちゃくちゃにすることが目的なの?」

「開き直るな。自業自得だろう」

「答えてよ! 何であんな記事を書いたのか」

 彼は沈黙を貫いた。人の秘密は進んで剔抉てっけつするくせに、いざ自分のこととなるとそうやって口を噤むのか。それが記者の常套手段か。私は諦め、ゆっくりと立ち上がる。膝が痛んだ。

「……小泉はたしかに嘘つきだったけど、それでもその嘘のおかげで私は幸せだったんだよ。お前がしゃしゃり出てくるまでは」

 いつまでもここにはいれない。早くこの大学の外に出なければならない。記事が出れば、私は大学中の晒し者になってしまうから。人一倍他人の目を気にして生きてきた私にとって、それはあまりに堪え難い屈辱だ。テーブルの上のショルダーバッグに手を伸ばす。そこで、貪慾な記者が口を開いた。

「その高そうなバッグは、小泉さんに買ってもらったのかな?」

 私は手に握ったままだったカッターを、そいつの顔を目掛けて全力で投げつけた。それは回転しながら佐倉の頬をかすめ、背後の白い壁にぶつかって床の上にカラカラと転がった。一拍遅れて森が私の名を叫ぶ。私はバッグを引っ掴み、二人に背を向けた。

「さようなら森ちゃん」ドアを開けて私は言った。

「待って、奈緒……!」

 振り返れない。今の彼女の目は、きっと可哀想なものを見る目をしている。直視できないほど残酷に。だがこれが最後になるだろうから、悔いのないように一言だけ言わせてもらった。

「疑って悪かったね」

 森の返事を待たずに、私は部室を飛び出した。

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