♦︎私はこうして犯行に及んだ(5)♦︎

「板チョコをどうやって使ったって言うの?」

 森は必死に頭を働かせている。彼女の脳内で、溶かした板チョコを鍵の形に整形し直している様子が目に浮かんだ。

「彼女は板チョコを包んでいた銀紙を、新聞部のICカードリーダーに貼ったんだ」

「……どういうこと?」

 そこで新聞部が、こちらに視線をむけた。

「それは工学部の内藤さんに説明してもらおう」

 唇を噛みしめ、私は答えた。

「アルミは、電磁波を遮断する」

 短くもその一言は、私が完全に罪を認めたことを意味した。森が、小さく私の名前を呟くのが聞こえた。

 新聞部はまだ物足りなさそうにしていたが、私にはこれ以上説明を加えるつもりは微塵もなかった。やがて諦めたように、新聞部が解説を引き継いだ。

「そう、アルミは電磁波を遮断するんだ。そしてチョコの銀紙は、もちろん銀でできているわけじゃない。アルミでできている。だから銀紙を貼ったカードリーダーに学生証をタッチしても、鍵は掛からなかった。

 僕が部室内で昼飯を済ませていた時間、部室に鍵は掛けていなかった。内藤さんは他の部員よりも一足先に部室を離れ、三限に向かったらしいね。その時に新聞部のカードリーダーに銀紙を貼ったのだろう。その後僕は三限に向かう際に、いつも通り学生証をカードリーダーにタッチして鍵をかけたつもりになっていたが、銀紙が電磁波を遮断したせいでロックは掛からなかった。つまり僕が部室を出た十三時から、オートロックが掛かる一時間後の十四時までの間、新聞部の部室には鍵がかかっておらず、無人の状態だった」

「ちょっと待って」朗々とトリックを明かす佐倉を森が止めた。「カードリーダーに何か貼ってあったら、普通タッチする時に気付くんじゃないの? それに、学生証がちゃんと読み取れなかったら警報が鳴るんじゃなかったっけ?」

「確かに俺の不注意もあったかも知れない。でも内藤さんの巧妙な仕掛けを知れば、それも仕方ないと思えてくると思うよ。まず見た目のことだけど、うちのICカードリーダーは銀色だ。銀紙はしわが寄らないようにカッターで切り、それを貼るテープも同じ色のものを使ったんだ」

 そこで森が思い出したように口を挟んだ。

「そうだ。奈緒は銀紙は持っていても、それを貼るためのテープは持っていなかったじゃない!」

 佐倉はじれったそうに言い返す。

「それは森さんが教えてくれただろう。二劇の部室の入り口にあるポスターのマスキングテープが一部剥がされていたって。そしてそのポスターを貼ったのは、内藤さんだってことも」

 森ははっと目を見開いた。

「まさか――」

「そう、内藤さんがあのポスターを貼ったのは、今回の犯行のための下準備だった。誰にも怪しまれず、銀色のマスキングテープを使うためにね」

「銀色……」

「僕たちの部室は奥まった場所にあり、明かりは薄い。そんな中では、普段何気なく使っているものの微妙に色味の変化に気付くのは難しい」

 森もそれには納得したようで、話は次の問題に移った。

「じゃあ、音の問題はどうなの?」

「警報音はならなかった。なぜなら、そもそもカードリーダーが学生証を認識していなかったんだからね。そうなると正常に作動したことを報せる小さな電子音も鳴らなかったことになるが、その違和感も今日は感じなかった。実はこれには、内藤さんの彼氏が一枚噛んでいる」

 二人の視線が刺さる。私は鼻を鳴らし、最小限で答えた。

「そうよ。その時間にあいつはギターの練習をしていた」

 森も思い出したようだ。彼の下手くそなFunの『We Are Young』の演奏を。音は光と違い、曲がりくねった道も通ってやってくる。私はそれを利用したのだ。

「あの時ギターの演奏はうるさいぐらいに響いていた。小さな電子音をかき消すほどにね」

 これで決まりだ。推理も終盤に差し掛かり、探偵は意気揚々と結びに掛かる。

「あとは簡単だ。三限が始まり、少ししたタイミングで内藤さんは講義を抜け出した。あなたの友達は、その時にあなたはスマートフォンを持って行ったことを証言してくれた。先ほど拝見したところ、スマートフォンケースのポケットに学生証を入れているようだね。それを使えば自分の部室には自由に出入りできる。僕が鍵をかけた気になっていた新聞部の部室も、さっき説明したトリックによって実際には掛かっていなかったから侵入可能だ。まず森さんのトマトジュースで新聞部のPCを破壊した内藤さんは、自分の部室に引き返した。長椅子の裏にボイスレコーダーをセットし、そこで眠っている森さんごと新聞部へ移動させる。部室のドアにはストッパーがついているし、長椅子にはキャスターがついている。それに僕たちの部室は隅っこの方に向かい合わせだから、短時間で目立たずに事を済ませられただろう。森さんがその時に目を覚さなかったのは驚くべきことだけれども、彼女の眠りの深さはどうやら人並外れているらしい。同じサークルに所属するあなたは、僕以上にそのことを承知していたことだろう。森さんを移動させたあとは、明かりを消し、ドアを閉め、仕上げにICカードリーダーに貼った銀紙を剥がせば完了だ」

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