♦︎私はこうして犯行に及んだ(4)♦︎

「そういえばさっき鳥谷くんと話した時、彼は高校時代に奈緒から受けた食事の誘いを断ったことを『もったいなかった』と表現していたっけ」と森が言った。彼女にもそれなりに思い当たる節があったらしい。佐倉が頷く。

「内藤さんと小泉さんが交際をオープンにしてからすぐのタイミングで鳥谷が情報を伝えに来たことも、それで辻褄が合う。彼らの交際がオープンになったのが八月。鳥谷が情報提供に来たのが九月のことだ。二人の交際を知った鳥谷が、小泉さんのついた嘘の証拠を集め、それを報告しに来たのだろう」

「鳥谷くんが何で新聞部に情報をリークしたのかはわかった。でも、どうしてその人の事を奈緒は恨む必要があるの? 奈緒、さっきも言ってたじゃない。小泉さんと別れたことはもう踏ん切りがついているって。むしろ彼に騙されていることを教えてくれて感謝しているって」

 ふたりの視線が私に刺さる。私はそれに耐えきれずに俯いた。

「それは、きっと内藤さんの嘘だよ」

「嘘?」

「内藤さんが、小泉さんの嘘に気がついていなかったわけがないだろう。だって彼女たちは半年間も付き合っていたんだ。それで身長や趣味のことがプロフィールと違っていることに気がつかないわけがないじゃないか」

「……ちょっと待って。それはおかしい。だって奈緒は新聞部の記事を読んで、彼に嘘をつかれていた事に傷ついて別れたと言っていたじゃない!」

「それも、鳥谷と同じように彼女の性格が関係しているんだ。内藤さんはブランドものが好きなんだ。つまりは、他人から羨まれることが好きなんだ」

 森は首をふるふる振った。どういう意味か全くわからないのか、それとも理解を拒んでいるのか。そんな彼女にとどめを刺すように、彼は言い放った。

「つまり、小泉さんからミスターグランプリというブランドが失われたから、彼女は小泉さんと別れる事にしたんだ。彼女が気にしていたのは小泉さんが実際にどんな人かではなく、小泉さんが周りからどう見られているか――もっと言えば、小泉さんと付き合っている自分がどう見られているか――が問題だったんだ。それで、小泉さんの嘘を告発した新聞部と、そもそもそれを新聞部にリークした人物に恨みを抱いていた」

 惨めだった。自分のことながら、酷い性格をしていると思った。泣くこともできず、むしろ半笑いが浮かんでくる。

 森はまた、駄々っ子のように「でも」を繰り返す。

「でも、奈緒には新聞部に忍び込むことは不可能でしょう? 新聞部の部室には鍵がかかっていて、奈緒はそれを解除することができなかった。眠ったわたしを運んで新聞部のPCを壊した犯人が奈緒だと決め付けるのなら、その方法もわかってるんでしょうね?」

 下半身を着ぐるみに包んだままの新聞部は不敵に笑い、推理を聞かせた。

「いや、むしろ内藤さん以外には、犯行は不可能だったんだ。今回の事件は森さんがあの時、あの場所で眠っていることを知っている人物にしか企てることができないものだ。その人物とはもちろん、内藤さん、鳥谷くん、本田さんの三人だ。そして本田さんには時間的なアリバイがあり、鳥谷くんには持ち物検査から犯行に必要なあるものを所持していないことがわかった」

「犯行に必要なもの?」すかさず森が訊いた。一拍置いて、探偵が答える。

「板チョコだよ」

 森がクエスチョンマークを頭上に浮かべた。一方私の頭上に浮かんでいたのはエクスクラメーションマークだったろう。まさかそこまで推理されているとは思っても見なかった。驚くべきことだった。

「内藤さんがお昼に食べていた板チョコこそが、今回の事件を解く鍵だったんだ」

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