鳥谷徹の供述

 最後に、鳥谷徹がやってきた。彼は長身で頑丈そうな体をしていた。髪も短く、見るものに男らしい印象を与える。唯一、黒縁のメガネだけが彼が情報学部である事を控えめにアピールしているようだった。タイトなデニムに、ボリュームのある白いスニーカーがどこかちぐはぐな印象だ。

「あれ、どうしたの? 森ちゃんが巻き込まれた事件って、もしかして小泉さんの事件関係?」

 部室に入ってくるなり、彼は僕と森さんとの間で視線を泳がせた。一方で森さんは目を伏せて、彼の質問を無視した。仕方ないのでこちらで応じる。

「こんにちは、新聞部の佐倉です。二劇の鳥谷くんだよね?」

「え? そうだけど」

「ちょっと奇妙な事件に僕たちが巻き込まれて、そのことでいくつか鳥谷くんに質問があるんだ」

「なんだ、そうか」と言い、少し気の抜けたような顔をした。

 横目チラリとで森さんを見るが、彼女の表情は読み取れなかった。

鳥谷くんを席に座るのを待って僕は言った。

「忙しいところ来てもらってすみません」

「全然構わないよ。さっきまでPCルームで学科の友達と暇つぶししていたんだ。五限まで暇でさ」

 五限は十六時五十分からだ。今は十六時五分。時間に余裕があるのならばと、先ほどと同様にまずは軽い会話から入ることにする。

「鳥谷くんは、どうしてこのサークルに入ったの?」

「去年のミスターがこのサークル出身って言ってたから、このサークルには今年たくさん女子が集まってく――」

「そういえば、内藤さんとは同じ高校出身なんだってね」

「ん? ああ、そんな仲良くはなかったけどね」

「でも同じ大学に進学することが決まってから、何度かご飯に誘われたりしたんじゃないの?」

「その頃俺は他の女子と付き合っていたから、ご飯に行ったりはしなかったな。あれはちょっともったいなかったと後悔しているんだ」

「もっと仲良くしておけばよかったと」

「まあ、そんなところだな」

 場を温めようとしたがイマイチ成功しなかった。もういいか、と切り上げて本題に入る。

 今日の三限の時間中、何者かによって新聞部のPCが壊され、二劇の長椅子で眠っていた森さんが新聞部に連れてこられたことについて話してから、僕は鳥谷くんに質問した。

「それで、今日の昼休みにこの部室を訪れた三人に、それぞれ三限の間何をしていたか聞いて回っているんだ。鳥谷くんは三限の間、どこで何をしていたのかな?」

「三限は授業だった」

「何て授業?」

「情報学」

「場所は?」

「特別棟の情報室。PCを使う授業だから」

「そのことを誰か証明できる?」

「嘘なんてつかないよ。森ちゃんは嘘に厳しいからね」

「森さんの嘘嫌いは有名なんだね」

「ああ、二劇じゃみんな知ってるよ。先輩に憧れて入ってきたって話もね」

 水を向けられた彼女は面倒くさそうな顔を隠そうともせず、ばっさりとその話をスルーした。

「で、鳥谷くんが三限をちゃんと受けていたって証明できる人はいるの?」

「隣の席だった人は覚えているだろうけど、その人の連絡先は知らないなぁ」

「他には?」

「んー。あ、そういえば授業の成果物があった」

 そういうと彼は大きなバックパックから、シルバーのノートPCを取り出した。それを立ち上げて少し操作すると、PCの画面を俺たちの方に向けてきた。

「これこれ。証拠になるだろ?」

 画面には、「情報学入門」というフォルダの下に「第一回」から「第九回」というフォルダがある。

「『第九回』を開いてみて」

 僕の指示通りに彼がそのフォルダを開くと、中には二つのエクセルファイルが入っていた。ファイルの作成日時を見る。それぞれ、十四時三十三分、十四時四十五分となっていた。さらに彼の許可をもらってからファイルを開くと、どうやらそれはエクセル関数に関する成果物のであることがわかった。ウェブに公開されているシラバスで「情報学入門」をあたってみると、たしかにエクセル関数が授業範囲に含まれている。

「なるほど、たしかに鳥谷くんは三限を受けていたようだね」

「信じてくれて安心したよ。それじゃあもう戻っていいかな?」僕の表情をどう読み取ったのか、彼はPCをしまいながらそう言った。

「最後に、今日このメールを送ってきたのは鳥谷くんじゃないよね?」

「今日? 俺は何も送ってないよ」彼はメールの内容を食い入るように見ながら言った。「でも、本当誰だろうね」

 腕時計をみると、もう十六時十五分だ。

「忙しいところありがとう。犯人わかったら教えるよ」

 こうして疑わしき三人との話し合いは終了した。

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