内藤奈緒の供述(1)
本田さんと入れ替わるようにして部室に入ってきたのは、一年の内藤奈緒だった。背丈は森さんよりもやや大きい。鎖骨ラインまで垂らした髪は明るく染められ、軽く内にカールしている。鼻と唇が少し幅広な気もするが、全体的に整った顔立ちと言っていい。森さんの話にあった通り、僕でも知っているハイブランドのバッグを持っていた。着ている服も、何となく高価そうに見える。
「森ちゃんどうしたのーってあれ? なんか知らない人がいる」
さっきの本田さんのリアクションでなんとなく察してはいたが、この部室に部外者がいることについては告知なしらしい。
まず森さんが僕のことを簡単に紹介してくれた。手短に挨拶を交わしつつ、本題に入る前に一クッション置く。
「急に来てもらってごめんね。四限は受けてなかった?」
「ああ、大丈夫大丈夫。四限は取ってない。さっきまでそこの多目的室でギターサークルの人と会ってたの」
多目的室はこの部室と同じフロアにある。森さんとしてもそれは意外だったらしく、この話題に食いついた。
「あれ、奈緒ってギターサークルと掛け持ちしてたっけ?」
「ううん。ギターの演奏聞かせてもらってただけ。月曜が活動日で、最近は毎週三限の後にお邪魔させてもらってるんだ」
昼ごろからずっと鳴っているギター音の発生源はそこだったのか。学祭が終わった来週からは、静かになってくれるとありがたい。
「ところで内藤さんと鳥谷くんは同じ高校出身らしいね。仲は良かったの?」と僕は話を振った。
「いやー、そうでもないかな。高校時代は一回もクラスが被らなくて、ほとんどしゃべることはなかったんだよね。でも鳥谷って性格は残念だけど結構顔がいいし、頭も悪くないから私らの高校じゃ人気でさ。同じ大学に進学するって聞いたからその時は嬉しくて。それからご飯に誘ったり、いろいろ話しかけたりしたんだけど、あんまり仲良くはならなかったかなー」
フランクな喋り方をする。だがスラスラ話している分、嘘をつかれている感じがしないので僕としては好印象だった。
「じゃあ、二人で同じサークルに入ろうって示し合わせていたわけじゃないの?」
「同じサークルになったのは偶然だよ。別に二人で同じサークルに入ろうなんて決めてはなかったんだよね」
「内藤さんがこのサークルに入った理由は、単純に演劇に興味があったから?」
「いやー、正直あんまり演劇が好きだったわけじゃないんだ。私がこのサークルに入ったのは、あの先輩に憧れて」
「あの先輩というのは?」
すると途端に内藤さんは相好を崩した。
「そりゃ、小泉先輩しかいないっしょ。このサークルで外に名前が出ている人なんて、小泉先輩しかいないわけだし」
「なるほど」
「女子の新入部員はみんな小泉先輩目当てだったと思うよ。ねえ森ちゃん?」
「いや、わたしは……」
そういえばさっき本田さんも、小泉さんが頑張ってグランプリを獲ってくれたおかげで森さんたちが入部してきてくれたと言っていた。案外図星なのかも知れない。
「またまたー。最初に会った時に森ちゃんも『先輩に憧れて入った』って言ってたじゃない。私が小泉先輩と付き合っていたからって、隠す必要ないのに」
二人が盛り上がっているところ悪いが、割って入る。
「それで、今は二人のご関係はどうなってるの?」
すると彼女はあからさまに語気を荒らげた。
「もちろん別れたよ、あんな男。十月の初めに例のニュースが出てからすぐにね。今年の五月くらいから付き合っていたんだけど、まさか経歴も趣味も全部でたらめだったなんて、信じられない。だから嘘をばらしてくれた新聞部には感謝しているんだ。あのニュースがなかったら私、多分ずっと騙され続けてたからね」
半年も付き合っていたのか。
「全部嘘だと知ったときは、ショックだったろうね」と僕は同情した。
「そうね。でもあの人と付き合っている時は、なんだか他の女子からのあたりが強かった気がして。別れてからはそれがそうでもなくなったから良かったかなーって。それに今は別の彼氏ができたし、もう吹っ切れてるよ」
「え、そうだったの?」
そのことは森さんも初めて知ったらしい。
「同じ学部の一つ上の先輩なんだ。普段はそうでもないんだけどギター弾いてる姿はなんかかっこよくって」
「へー、おめでとう。それで最近ギターサークルに行ってたんだね」
急にガールズトークが始まってしまった。気づけば会話から一人置き去りにされている。
「そうそう。なんかサークル内でバンド組んでるらしいんだー。それで最近は学祭に向けて毎日猛練習してるの。今日もお昼くらいから、この階の多目的ホールで練習してたんだよ」
「あ、それならお昼に部室に来る時聞こえたかも! もしかしてFunの『We Are Young』じゃない?」
「そうそう! 今度の学祭で演奏するから、森ちゃんも聴きにきてよ!」
「もちろん行くよ! 演奏は何日にやるの?」
あ、これは黙って待っていると無限に続くやつだ。そう悟った僕は慌てて森さんに耳打ちする。
「ねえ森さん、悪いんだけどそろそろ本題に……」
すると彼女は我に帰り、「ごめん、佐倉くんがいること忘れてた」などと白々しく口にした。
会話が一度途切れた隙に、僕は内藤さんに向かって切り出す。
「実は三限の時間中にある事件がありまして――」
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