本田穂乃果の供述(1)

 ちょうどその時、一人の女性がドアを開けて入ってきた。背が高く、すらりとしている。肩の下まで伸びた髪は毛先に行くほど強くカールしている。ウルフヘアーというのだろうか。しかし顔立ちは、狼と言うよりもむしろキツネを思わせる。ライトグレーのスエードのジャケットと黒いロングスカートといういでたちだった。

「穂乃果さん、急にお呼び立てしてすみません」森さんは彼女のもとへ駆け寄った。

「おかしな事件に巻き込まれたって言ってたけど大丈夫? 怪我はない?」

「すみません。四限中だったんじゃ」

「それどころじゃないでしょ」肩を上下させながら彼女は言った。「三限終わりに部室に美月を起こしに来たんだけど、その時部室には誰もいなかったから、てっきり自分で起きて普通に四限を受けているのかと」

 僕は立ち上がって、二人のやり取りを眺めながら挨拶のタイミングを見計らう。数秒後に本田さんと目があった。

「あなたは?」

「あの、はじめまして。新聞部の佐倉です」

「二部演劇研究会代表の本田です。小泉の件では、新聞部さんにはずいぶんお世話になったみたいね」

「あの記事は僕が書きました。……本当のことを話せて、小泉さんも気が楽になったとおっしゃってくれました」

「たしか新聞部には今、君ひとりしかいないんだよね。他の先輩方はみんな留学に行っているって、新聞部のコラムで読んだよ。まだ一年生なのに、ひとりであれだけのニュースを手がけるなんてすごいじゃない」

 森さんとは違い、本田さんは新聞部の記事をよく読んでくれているようだった。こういう時、どう返せば良いのかは未だによくわからない。

「いえ、その、ありがとうございます」

「じゃあ君は今、小泉が大学に来なくなったことを知っているかい?」

 それは知らなかった。だが、無理もないことだろう。

「……いえ」

 不正を暴いて、いい事をした気になっていたわけじゃない。だが、小泉さんが大学に来られなくなったと聞かされたところで、あんな記事書かなければよかったとも思わない。僕は新聞部の一員として、その理念に従ったに過ぎない。

「ごめんね。別に君を責めるつもりはないの。それに、元はと言えば私が悪いんだ。あれは少し他人に流されやすい人間でね。ミスターに応募するのも、実は私が背中を押してやったんだ。彼がその方面で目立ってくれれば、新入部員獲得のための広告塔として機能してくれるんじゃないかと期待してね。実際彼が張り切ってグランプリを獲ってくれたおかげで、うちは美月をはじめたくさんの新入部員を獲得できた。でもまさか、裏であんな事をやっていたなんてね。私も新聞部の記事を読んで驚いたよ」

 なんと返せば良いのかわからない。僕が固まっていると、

「穂乃果さん、今回お呼びしたのは小泉さんの記事のことでじゃありません」と森さんが助け舟を出してくれた。

 それでそれぞれが席につく。僕と森さんが長椅子に座り、本田さんが向かいの椅子に座った。最初に森さんが今回の事件のあらましを説明し、本田さんが昼休みに部室を去ってから何をしていたのかを聞いてくれた。話を聞くにつれ、本田さんは神妙な顔つきになっていった。

「昼休みからの私の足取りか。お昼はいつも通り、学食で学科の友人たちと食べた。その後部室に参考書を取りに来て、そこで美月たちに会った。部室での滞在時間は短かった。たしか十三時過ぎに部室に着いて、その数分後にはもう部室を出ていた。それからは三限を受けるためそのまま中央校舎に向かったよ。そこでいつも通り講義を受けた」

 僕は話を聞きながら、ルーズリーフにメモを取る。中央校舎は部室のあるここS校舎から渡り廊下で直結した校舎だ。距離的には歩いて五分もかからないくらいなので、彼女に余分な時間はなさそうだ。

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