森の自己紹介と状況説明(1)
長椅子を二部演劇研究会の部室まで引っ張ってくると、その出入り口に近いほうに森さんは腰を掛けた。
「今度はわたしの視点から、新聞部の部室で佐倉くんに起こされるまで、今日どんなことがあったかを話したいと思う」
僕は自分の部室からルーズリーフとシャープペンを持ってくると、森さんの座る長椅子からテーブルを挟んで向かいにあるパイプ椅子に座った。メモを取る準備が整うと彼女は話し始めた。
「そう言えば自己紹介がまだだった。わたしは森美月。文学部英文学科の一年。ご存知の通りサークルは二部演劇研究会所属。略称は二劇で、わたしたちはいつもそう呼んでる。
今思えばだけれど、今日はいつもと違ったことがいくつかあったような気がする。どこから話そう。……えーと、じゃあ最初から、なるべく全部話すようにするね。
今日は一限から大学に来ていたんだけど、講義はいつもと変わったことはなかったな。二限が少し早めに終わって、それから購買へパンを買いに行ったんだ。大学内のコンビニが現在改装中で使えないこともあって、購買は大変に混雑していたっけ……。長いレジの行列に並んでようやく会計を済ませ、部室に着いた時には十二時三十分になっていたと思う。確か財布にその時のレシートが入っていたはず」
そこで彼女から渡されたレシートには、十二時二十二分と記載があった。購買からこの部室までは歩いて五分ちょっとかかるので、おおよそ今の話の辻褄と合う。
「わたしが部室に入った時、鍵は掛かっていなかった。どこのサークルでもそうかも知れないけれど、うちの部室では誰かが中にいる時に鍵を掛ける習慣はないんだ。わたしがリュックとレジ袋を持って部室に着いた時、先に同期の
わたしのすぐ後に
小泉さんに彼女がいたとは知らなかった。記事を出す前にその情報を得ていたら、変更を加えただろうかと瞬時に計算する。やはり、変更なしでそのまま載せただろう。
「奈緒も鳥谷くんと同じようにお弁当を持参してきていて、それからしばらくの間みんなでご飯を食べながら今度やる小学校での公演の話をしていたの。今度の付属小学校向けの劇では、奈緒は一年生ながら主演を務めることになっているから張り切っているんだ。鳥谷くんも小泉さんの代役として準主役を演じるし」
それを聞いて、先ほど眠った森さんの持っていた冊子を見た時のことを思い出した。それのキャスト紹介欄ではミスコンで不祥事を起こした小泉さんの名前に二重線が引かれ、その上に鳥谷徹の名前が書き加えられていたのだった。
「わたしがパンを食べ終わった頃、隣の奈緒は銀紙のついた板チョコをパキパキと割っていたんだ。彼女は几帳面な性格でね、銀紙を手で破るんじゃなくて、板チョコの赤い紙のパッケージを下敷きにして、その上に銀紙のついたチョコをのっけて、それで銀紙の端をカッターでぐるりと一周切って開封していたの。それがなんだか奈緒っぽくて、よく覚えている。彼女は手先が器用で、部室の玄関に貼ってある新入部員募集のポスターも彼女が作ってくれたんだよ」
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