二部演劇研究会の部室について(2)

 迫力あるビジュアルの精霊から視線を外し、部室全体を見渡す。間取りは新聞部と変わらない。天井に人感センサーやエアコンが設置されていること、隅の方にロッカーがあるのも同じだった。もちろんこの部室にも窓はない。部室の中央に大きなテーブルがあり、テーブルの左手に椅子が二脚並んでいるが、反対側にはそれがない。おそらくこちら側に例の森さんが寝ていた長椅子が置かれていたのだろう。壁際には小型の冷蔵庫やテレビ、ゲーム機、ミシンなどもあった。

「特に変わりはなさそうかな」

 部室をざっと見廻してそう言ったあと、彼女は冷蔵庫を開けた。

「あ、やっぱりなくなってる! わたしのトマトジュース」

 するとやはり今回の凶行に使われたのは森さんのトマトジュースか。ジュースの身元を特定し終えると、次に僕たちは新聞部に運び込まれた長椅子を元の場所に戻すことにした。二部演劇研究会と新聞部の部室のドアを開け、ストッパーで固定してから長椅子を運び出す。その際に、僕は長椅子の前にかがみ込んで、キャスターの車輪を指先で撫でてみた。

「何してるの?」と後ろから声がかかる。

「いや、犯人はトマトジュースをこぼしたのが先か、森さんを連れてきたのが先かが気になって」

「……どういうこと?」

「こぼされたジュースは部室の床に広がっていた。その中をキャスター付きの長椅子がやってきたとするなら、どうなるか」

「ああ、なるほど」

「部室の奥の方にある二つのキャスターにだけ、ベタベタとしたトマトジュースの跡がついている。ということは犯人はまずジュースをPCにかけ、そのあと森さんの眠っているこの長椅子を運び込んだというわけさ」

「それでトマトジュースの水たまりに突入した車輪だけが汚れたってことね」と彼女は納得しかけ、「で、それがわかると事件解決へはどのくらい近づけるの?」と疑問を口にした。

「それはわからないが、記事のディテールを上げることはできる」

「まだ犯人も見つかっていないのに、もうどんな記事にするか考えているの?」

「新聞部員だからね」

 僕が誇らしげに胸を張ると、彼女は大袈裟に肩を竦めて見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る