二部演劇研究会の部室について(1)

 二部演劇研究会の部室は近い。なんと新聞部の真向かいだ。新聞部と二部演劇研究会は、部員の少なさにかけては大学公認サークルの中で双璧をなしている。人数の少ないサークルは隅のほうに追いやられるのか、なんていう考えは自意識過剰だろうか。

 部室の入り口のドアにA四サイズのポスターが貼ってあるのが目に付いた。上の二つの角をシルバーのマスキングテープで留められたそれには、二部演劇研究会・新入部員募集との文字に可愛いドレスのイラストが添えられている。

「あれ? このポスター、この前までは四つ角がマステで止めてあったはずだけど」

 僕の視線の先を追って、森さんがそんなことを呟いていた。

 二部演劇研究会の部室には鍵がかかっていた。またドアの上部の曇りガラスから、室内に明かりがついていないことがわかった。「誰もいないみたい」と言いながら、森さんが自分の学生証で鍵を開け、明かりをつける。彼女に続いて中に入った僕を恐怖が襲った。

「うわあああ!」

 巨大な顔面の老人が、入ってすぐ左手の壁にもたれかかっていたのだ。

「こちら、うちのマスコット。ノームって言う精霊? の着ぐるみで、名前はニゲキちゃんって言うの」

 目を白黒させる僕に、彼女が紹介してくれた。精霊と呼ぶのは憚られるような、よぼよぼの男の老人だ。身長は一メートルほどだが、そのうちの半分は長い白髭を蓄えた顔面で占められている。頭の上には顔以上に大きい真っ赤な三角帽子をかぶっていて、その真ん中あたりには模様に見せかけた、中の人用の覗き穴らしきものがある。帽子まで含めれば、その着ぐるみの全長は僕よりも大きいようだった。着ているのは空色のワンピースのような服で、足元はふわふわした茶色のブーツを履いている。

「もしかして、これがうちの記事の写真に映り込んでいたっていう……」

 彼女は頷いて、まるで山盛りのかき氷をひっくり返したようなニゲキちゃんのふくよかな髭の一部を指先で示した。

「ほら、ここに黄ばんだ染みがあるでしょ? さっき見せてもらった写真と同じ」

 確かにそこにはかき氷にシロップがかけられたような小さな染みができていた。僕が記事にした写真に写っていたのはこれだ。改めて見返すまでもない。

彼女も薄々気づいているだろうし、もう白状してもいいような気がしてきた。

「認めるよ。あの写真を提供してくれた人は、実のところ二部演劇研究会に所属している」

「やっぱり」と彼女は言って、細い眉の間にしわを寄せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る