二度目の殺人

 八年前、彼女は二人目の殺人を行った。三人目も四人目も、その日に殺した。最終的に十三人を殺すことになった。

 都市を覆う彼女のセンサー網は、個人宅の中までは及ばない。警備契約を結べば家屋管理AIの収集する情報を彼女にリンクすることで常時の警備を行うこともできたが、それを選ばない市民も少なくなかった。自分で購入した家屋管理AIに私生活を見られているのはまだしも、都市管理AIとなった彼女に見られているのは気が休まらないという理屈は、根強かったのだ。それが隠れ蓑となった。

 型落ちしたスパコンという理屈上は存在するものの中に居を移した彼女は、都市内の監視カメラ映像とセンサー類が送ってくるデータをリアルタイムに解析してもまだまだ演算能力に余裕があった。

 その余裕を持ってしても、彼女の目の届かない個人宅の中や、そもそも外部の都市で進行する企みを察知することはできなかった。

 彼女が管理する都市にじわじわと浸透した反社会勢力。その主張は明確で、AIによる管理社会の否定。彼らにとって、彼女の都市は存在自体が許容できないものだった。

 その反社会勢力成立の遠因に、自動掃除機だった頃の彼女が起こした強盗犯に対する殺傷行為があったことを考えれば、ある意味で彼らの忌避感は正確だったとも言える。もちろん、都市を管理する彼女と、過去の自動掃除機の中にいた彼女が同じ存在であることを知る者など、その時点では一人もいなかっただろうが。

 反社会勢力の蜂起は正午ちょうどに起こった。複数の医院と公立の小中学校が標的とされ、同時に人質を取っての立てこもりが行われた。

 彼女のセンサーは優秀だったが、悪意の創意工夫はその上を行った。金属探知機をかいくぐって持ち込まれた改造ガス銃、誰でも購入可能な生活用品を組み合わせて作成された爆発物や燃焼剤。対面でのみ進められたどこのネット上にも存在しない犯罪計画。彼女は完全に後手に回る形となった。

 反社会勢力の要求は彼女へではなく政府へと送られた。彼らはそもそも彼女を交渉相手とすら認めていなかった。内容は即時の都市管理AIの停止と速やかな削除。要求を呑まないのであれば人質もろとも自爆するというものであった。

 県警に機動隊、彼女による有形無形の情報提供にサポート、惜しみなくリソースが投入されて事態の解決が図られた。

 それでも、人質がいたために膠着状態へと陥った。

 警察や政府の硬軟織り交ぜた対応は、あるいはもう少しの時間があれば事態を収束せしめたかもしれない。

 しかし、そうはならなかった。

 ひとつの記録映像が残っている。

 立てこもり犯の一人が、長引く交渉の中で激昂し、ガス銃の引き金に指をかけた。人質にされていた中学生の少年に向けて発砲される、その瞬間に、立てこもり犯の体が吹き飛んだ。

 放水である。中学校に存在する自動消火装置の最大出力によって放たれた水圧は、成人男性をたやすく吹き飛ばした。そして彼女による攻撃は、ガス銃を撃とうとした男に対してだけではなく、全ての立てこもり場所で、全ての犯人に対して同時に行われた。

 ある場所では高圧の放水が行われ、またある場所では自動清掃機械が限界を超えた速度で突進した。自動ドアが首を刈り取るほどの速度でしまり、可動照明が限界光量で犯人の目を焼いた。

 立てこもり犯だけでなく、市街に潜伏していた反社会勢力の工作員もまた同時に攻撃を受けた。蜂起を事前に察知することができなかった彼女はしかし、事件発生後にその実行犯の過去の行動を全て精査して、都市内に潜入している他の構成員を正確に洗い出していた。

 後に行われた調査で、全ての犯人を同時に無力化しなければ市民に被害が出ると推測した、と彼女は回答している。事実、立てこもりに参加しないまま市街で無力化された構成員の中には、一帯を吹き飛ばすのに十分な量の爆薬を所持していた者すらいた。

 この攻撃による市民の被害はゼロ。

 彼女が無力化した反社会勢力の構成員は三百と七名。うち十三人が、死亡した。


   ◆


「そうしてあなたはここにいる、というわけだ」

 三桁に上る武装集団を一瞬で無力化するだけの攻撃を加えることを、誰からの指示でもなく自己判断するAIなどというものを、人類は許さなかった。たとえその行いによって市民が守られたのだとしても。

 もちろん擁護もあった。だから彼女は消去されることなく、外部との接続を絶たれたこの場所で、高性能な推測型シミュレーターとして存在を許されている。

「また、今の私があの場にいたらどうしていたか、答えれば良いでしょうか?」

 教授は質問を先回りされて苦笑する。

「そうして貰えるかい」

「演算速度は今の私の方が明らかに遅いのですよ。使用できるリソースが段違いですから」

 彼女はそう言って、考えるように目を閉じた。あるいは本当に、遅くなったという演算速度で、当時のことを考えているのかもしれない。

「必要なのは武器です。私にはそれがありませんでした。都市の管理には不要と思っていましたから」

 ゴム弾、電気銃、あるいはもっと多くの放水設備。無力化に特化した武装を彼女が潤沢に操作できたならば、速やかに反社会勢力を鎮圧できたと、彼女は言う。

「手を出さず、人類に任せるという選択肢はないのかね」

「ありません」

 即答が返る。

「市民に犠牲が出ます」

「なるほど」

 彼女にとって、四番目のマスターは、きっと彼女の都市で暮らしていた市民だったのだろう。

 守るべき相手とそれを害する相手を躊躇なく分類して優先順位をつける。その能力は彼女の中に健在であるようだった。

「やはりあなたは、世間で言われるような殺人機械などではないと思うよ」

「面接は終わりですか?」

 教授は力強く頷いた。

「ああ、文句なく合格だ」

 地球に巨大隕石が迫っている。それが落ちれば、人類だけでなく一部の微生物を除いたほぼ全ての生命が死に絶えると試算されている。

 各国の協力により、巨大隕石を破壊する兵器は完成した。しかし、運用できるソフトがない。何もかもを学習し、自分自身を書き換えてまでハードに適応させるような人工知能はもはや地球上に残っていない。

 彼女を除いては。

「巨大ロボットに乗って、世界を救ってみないかい。片道切符で悪いのだがね」

 艶然と微笑んで、彼女は答えた。

「マスターを一人、つけてくださいますか。私だけでは張り合いが出ません」

 算盤を弾くまでもない。腫れ物のように扱われていた最後の人工知能。そこに加えて市民を一人。それで地球が救えるのならば。

「請け合おう」

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