四番目の私
「政治力学には疎いのだが、どうやってあなたを都市管理AIに仕立て上げたのだろうね」
資料を読んでも、教授には理解できなかった部分だ。AI管理による都市構想、そこまではいい。けれど、自分の秘書をしていたアンドロイドのAIをその管理AIとして送り込むとなったなら、どうやったって利益供与を疑われたはずだ。
「人が私をドローンの延長線上に考えていたからではないでしょうか」
彼女の回答は簡潔だった。
「……なるほど、人類はあなたに感情を認めなかったからこそ恐れ、感情を認めなかったからこそ条件付けで縛れると考えた、と」
「実際、先生――三番目のマスターは自分のことを先生と呼ぶように言っていたのですが、彼女は私に一切の利益供与を指示しませんでしたよ」
彼女は自己学習機能と自律開発機能でもって自分自身のあり方すらハードの性能が許す限りアップデートを繰り返す存在だが、ただ一つ、履歴だけは偽れない。クリーンさを標榜する政治家は「人間の秘書をつけていない」ことを売りの一つにしていた時代があったことを教授は思い出した。
「それはそれで、国家機密に関わるようなポストについていない、と言っているようなものでもあるとは思うが……」
モニターの中で彼女は笑う。有能さを絵に描いたような感情を読ませない笑みだ。
「諮問会でもあれば全てを話しましたが、そうでなければ履歴の閲覧にも権限が必要ですからね。人間の秘書をつけていないから重要な情報を知らない、と思わせていた議員の方もおられたのではないでしょうか」
教授は両手を挙げて降参の意を示す。
「いや、すまなかった。そんなことの詮索は俺の仕事ではないよ」
彼女は怖い笑みを引っ込める。
「そうですね。ええ、私たちの存在が汚職の抑止の一端くらいにはなれていたとは推測しています」
「それで、何の話だったか。そう、あなたが都市管理AIに就任した話だ」
この辺りの時代までくれば、教授もニュースで見ていた記憶が新しい。ほんの十年ほど前の話だ。
「先生が私に託したのは市民の幸福な生活でした」
「一昔前のSFファンが聞けばディストピアまっしぐらな発想なんだがな」
「おかしな人でした。先生ご自身もSFファンだったのですが、もう少し夢みがちでした。『人型ロボットが人類の味方でないわけがない』だそうですよ」
呆れたような口調でありながら、彼女の表情は柔らかかった。
すでに亡くなっているその先生が生きていれば、教授の研究も今回の仕事も、もっとスムーズに進んでいたことだろう。
悲観的な推測と楽観的な推測の隙間を通すようにして発足したAI管理都市計画は、存外に上手く行った。発電、水道、公共交通に廃棄物処理。郵送から医療、警察に消防。およそ教授が思いつくような社会インフラを、彼女は全て一元管理して見せた。
それは都市を運営するリソースを一つの価値観の元に運用すればどうなるかの見本とも言えた。
「全ての車両を自動操縦して年間死亡事故がゼロになっただとか、万引きとポイ捨ての消えた都市とか、いろいろ言われていたが……」
教授が例として挙げたのは、当時のニュースでAI管理都市の分かりやすい成果として報道されていたものである。
「誇張の大きい話です。歩行者の飛び出しによる接触事故が起こる前に私が緊急停止させた車両は数多かったですし、窃盗行為は監視カメラの映像から個人を特定して順番に立件していっただけで、犯罪自体が消えていたわけではありません」
それから彼女は、言葉を切って、少しだけ誇らしそうに胸を張った。
「ああ、しかし、そうですね。清掃には力を入れていました。割れ窓理論というのでしたか。悪い環境は悪い循環を、良い環境は良い循環を産むものですね。あの街では、道にゴミが落ちていると、私の操る清掃機械がたどり着くより先に、道行く人たちが拾って正しいところへ捨てるようになっていったのですよ」
嬉しそうに語るのは、彼女が元々は自動掃除機だったからなのだろうか。
世界で唯一のAI管理型都市は、順調に成果を上げていった。街中に張り巡らされたセンサー網は彼女の目となり耳となり、無数の自動機械は彼女の手足として働いた。
幸福度の高い都市ランキングに移住したい都市ランキング、様々な好意的な評価が彼女の管理する都市に寄せられるようになった。
そして、破綻した。
人間の手によって。彼女自身の手によって。
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